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[完結済]【呪い系ホラー】こはるちゃん、いっしょに。  作者: てっぺーさま
最終章 堕ちていく

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歌舞伎町

【発狂までのカウントダウン——】

 新宿歌舞伎町の風俗店で働き始めて半年が過ぎた。

 この道を選ぶ決意は割とすんなりついた。過去の職場での出来事を思えば、他の選択肢はなかったからだ。それに、原口華菜子の関係者も、おそらくそれを望んでいたのだ。悪夢を終わらせるためには、彼女と同じ道を歩むしかなかった。

 今のところ、風俗店に日記のコピーが届いた気配はない。おそらく、これからも来ることはないだろう。直感がそう告げていた。仮に届いたとしても、店側はそんなものはいっさい気にしないだろうし、客にしても、気持ちよくなれれば風俗嬢の過去などどうでもいいのだから。


 風俗店での勤務は店が遅い時間にかけて混み始めることから、店側の要望で遅番のシフトが多く組まれた。イベント日には開店から深夜まで、一時間ずつの食事休憩を二回挟んでフルで働く。楽な仕事ではなかったが、半ば人生をあきらめたような気持ちで、これまで惰性でやり過ごしてきた。

 慣れとは恐ろしいもので、かつては潔癖症気味だったことが嘘のように、今では客の男性器をためらいもなく口にしていた。口の中に出される精液も、数日も経ったころには口をすすぐだけで気にならなくなった。それでも、客の身体を舐めたり、逆に舐められたりするたびに、心が少しずつ壊れていくのを感じた。

 その心の崩壊は外見にも如実に現れた。鏡に映る自分は、かつての姿とはかけ離れていた。快活だったころの姿は見る影もなく、表情は常に曇り切っていた。奈央はそんな姿を見るたびに自暴自棄に陥った。

 また、風俗で働き始めたことによって、同じ世界に身を置く人間を一目で見分けられるようになった。彼女たちは、ある種の穢れたオーラをまとっていて、それは隠しようがなかった。奈央は街でそんな女を目にするたびに、自分の生きる世界が決定的に変わってしまったことを自覚するのだった。


       *  *  *


 仕事を終えて店を出たのは、深夜の十二時半を過ぎたころだった。奈央はその足でまっすぐホストクラブへ向かった。最後の客の強烈な口臭がまだ鼻の奥に残っていてすこぶる不快だったが、これからの時間を思うと胸が弾み、足取りも軽くなった。

 歩いて五分ほどで、『バビロン』が見えてきた。行きつけのホストクラブだ。今日はこの時間を楽しみにして仕事を乗り切ったようなものだ。


 ホストにはまったのは、風俗で働き始めて間もないころだった。それまでホストに入れ込む女たちを軽蔑の目で見ていたが、いざ自分がその立場になってみると、風俗嬢やキャバ嬢がホストに依存する理由が痛いほど理解できた。自分を肯定し、大切にしてくれる場所はそこしかなかったからだ。


 店に入ると黒い革張りのソファに案内され、ほどなくして指名したホストが現れた。甘いマスクを見た瞬間、一日の疲れが一気に吹き飛んでいった。

 奈央が入れ込んでいたのは、翔鬼(しょうき)という二十四歳のホストだった。ビジュアル系バンドのボーカルのような端正な顔立ちと、紫がかった美しい金髪が目を引く売れっ子ホストだ。

「仕事帰り? 今夜も不満、いくらでも聞くよ」

 奈央の頭に手を置きながら、翔鬼は耳に心地良い声でささやいた。

 彼の言葉に甘え、奈央は仕事での鬱憤を吐き出していった。風俗で働いていることは、初めて来店したときに伝えてあった。ホストクラブに通う客の多くがキャバ嬢や風俗嬢だと知っていたし、風俗で働き始めてから自暴自棄になっていたこともあって、自分の職業を名乗ることにさほど抵抗はなかった。それどころか、家族や友人にも話せないことを打ち明けられたことで心は軽くなった。ホストは奈央にとって、心理カウンセラーのような役割も果たしてくれていた。

「今日さ、当欠の子が三人もいてさ、休憩時間もろくに取れなかったんだよ」

「そっか、今日も大変だったんだね」

 翔鬼はそう言って、頭をぽんぽんと優しく叩いてくれる。奈央はそれだけで幸せな気分になった。

 彼は積極的にスキンシップを取るタイプで、奈央もそれを歓迎した。今は髪を優しく撫でながら、顔が触れ合いそうなほどの至近距離でじっと見つめてくる。彼の体温をひしひしと感じながら、奈央は酔いに任せて愚痴を吐き続けた。

「最後の客がすっごい口の臭いおっさんでさ、なのにやたらキスしてくるの。ちょっといやな顔したら、おれ、口臭い? って聞いてくるから、そんなことないですって答えたら、また安心して臭い口でキスしてくるの! ほんと最悪だったよ!」

 愚痴を吐けば吐くほど、奈央の心は軽くなっていった。

 奈央が一息ついてグラスに口をつけた瞬間、翔鬼が甘い笑みを浮かべて言った。

「奈央ちゃん、アルマンド入れていい?」

「え……」

 その言葉に、奈央の酔いが一瞬醒めかけた。アルマンドは一本数十万円もする高級シャンパンだ。それに先週も入れたばかりだ。借金もかさんでいる。翔鬼は笑みを浮かべたまま返事を待っている。奈央は少し迷ったが、この楽しい時間を壊したくはなかった。

「いいよ! アルマンド、いっちゃえ!」

「いえーーい!」

 翔鬼のテンションが一気に跳ね上がり、奈央もつられて気分が高揚していく。

 ここは天国だ。金さえ落とせば、いくらでも幸せな気分にさせてくれる楽園だった。

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