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[完結済]【呪い系ホラー】こはるちゃん、いっしょに。  作者: てっぺーさま
最終章 堕ちていく

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見え始めた希望

【発狂までのカウントダウン——】

 仕送りが止まったことで、奈央は生活費の確保に迫られた。

 アルバイトではなく、正社員を目指して応募を進めた。採用まで時間がかかりそうな大手企業は最初から除外し、応募先は中小企業に絞った。

 高望みはせず、現実的な選択をした結果、就職活動は思いのほか順調に進んだ。最初に面接を受けた会社から早々に採用の連絡をもらえたため、他に予定されていた面接はすべて辞退した。

 面接時には大学を中退した理由を問われたが、「家庭の事情です」と答えると、面接官はそれ以上深く追求してくることはなかった。家庭の事情——なんとも便利で強力な言葉だ。

 こうして奈央は、大学を中退後わずか一か月余りで、広告代理店の事務員として働き始めることになった。これまでアルバイトの経験はあったものの、正社員として働くのは初めてのことだった。従業員が六十名ほどの小規模の会社だったが、初めての社会人生活に胸を高鳴らせた。


 最初の三か月は瞬く間に過ぎた。仕事は楽しく、〝原口華菜子〟の一件を忘れられるほど業務に没頭できた。また、若さとそれなりの容姿のおかげで、入社当初から男性社員たちにちやほやされた。大学時代にはなかった注目の浴び方に、最初こそとまどいを覚えたが、当然悪い気はしなかった。しかも、そのことで女性社員たちから冷遇されるということもなく、むしろ彼女たちは、おおむね奈央に親切だった。いい会社に入れたと心から思える職場だった。


 同級生たちよりも一足早く社会人になってしまったわけだが、新鮮で刺激的な毎日は大いに歓迎すべきものだった。大学生活もそれなりに楽しかったものの、今の生活のような強い充実感はなかった。社会人生活はすべてが新しく、今は満員電車ですら楽しむ余裕があった。大学を中退したことが、ポジティブな出来事だったと感じられるまでになっていた。過去の行為が暴かれたときには地獄を見たが、結局、神様は自分を見捨てなかったのだ。

 一方、プライベートでは交際相手の雅とは音信不通となり、高校時代から続いていた関係は自然と消滅した。おそらく、偽の心霊現象を起こしていた人物が何かしら手を回したのだと奈央は信じていた。というのも、雅と疎遠になり始めたのが、偽の心霊現象が起こり始めた時期と重なっていたからだ。むろん、雅が他の女に乗り換えたという可能性も否定できなかったが、いずれにせよ、彼との関係は完全に終わった。

 雅のことがきっかけで、高校時代に無茶な行動をしたかと思うと、奈央はやるせない気持ちになった。そのせいで、「原口華菜子」の関係者から恨みを買ってしまったのだから。だが、それも過去のことだ。今は新しい生活を満喫し、充実した日々を送れている。それで充分だった。


       *  *  *


 昼休みが近づくころ、男性社員の山瀬から声をかけられた。彼とは業務での接点は少ないが、何度か開かれた飲み会で親しくなっていた。山瀬は二十七歳と社内では若手の部類に入り、身長は一七〇センチほどと奈央と大差なかったが、整った顔立ちとスリムな体型はアイドルグループにいても遜色ないほどだ。奈央は入社当初から彼を意識していたが、相手も同じ気持ちではないかと感じ取っていた。

「奈央ちゃん、お昼いっしょにどう?」

「ええ、いいですよ」

 彼と二人だけでランチに行くのは初めてだった。心臓の高鳴りを抑えながら十二時になるのを待った。


 山瀬の提案で、会社から少し離れた場所にあるパスタ屋に入った。会社から距離のある店を選んだのは、同僚たちと顔を合わせないための配慮だろう。

 食事中、他愛のない会話が続いたが、山瀬がふと改まった口調で切り出した。

「奈央ちゃんって、彼氏いるの?」

「いえ、いないですよ」

 山瀬の顔がぱっと明るくなった。

「じゃあさ、今度の土曜、映画でもどう?」

「あ、いいですね。ぜひ!」

 奈央は軽い調子で答えたが、内心では浮き立つような気分だった。大学時代にもこんな胸躍る瞬間はなかった。大学時代は同い年の雅に物足りなさを感じ始めていただけに、年上の山瀬との新しい関係に期待がふくらんだ。すでに映画に誘われたことで恋人気分になっていた。だから、少しだけ大胆になれた。

「そのパスタ、少しもらってもよい?」

「いいよ」

 奈央は自分のフォークで山瀬の皿からパスタを少し絡め取って口に運んだ。

「あ、おいしい! 次はこれにしよ!」

「奈央ちゃんのも、もらっていい?」

「どうぞどうぞ」

 いつの間にか、ランチデートのような雰囲気になっていた。大学時代でさえ、こんな楽しい時間はなかった。それに、次の週末には二人きりのデートが待っている。そんな楽しみな予定があれば、仕事もこれまで以上にがんばれそうな気がした。

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