トラップ
【復讐は姉の怨念とともに——】
「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない……」
ワンルームの狭い部屋に、不気味な声が響き渡る。
やがて、スマホへの録音を終えると、マコが少し照れくさそうに顔を歪めた。
「ちょっと、恥ずいね」
「でも、いい感じだったよ」
恭弥は素直な感想を口にした。彼女の声には感情がこもっていて、不気味さがしっかり出ていた。演技の才能があるのかもしれないと内心で感心する。
録音した音声を再生する。
「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない……」
音声が流れたとたん、マコが両手で顔を隠して驚きの声を上げた。
「うわっ、ええ〜やだぁ〜! あたし、こんな声してんの!?」
恭弥はそんなマコを見て笑みをこぼす。
「自分の声って、違って聞こえるからね。でも、お世辞抜きで、いい声してるよ」
「ほんと?」
「うん」
恭弥はもう一度録音音声を再生するが、マコはいまだ頬を赤らめている。
「うん、悪くない」
「自分の声聞くのは恥ずいけど、この作業、なんか楽しいかも」
「そう? じゃあ、今度はもう少しゆっくりめでやってくれる?」
「おっけー」
恭弥が録音ボタンをタップしてスマホをマコに向ける。部屋に再び不気味な声が響く。
「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない……」
表情が声に合わせて険しくなっている。その真剣に取り組む姿を内心で微笑ましく思いながら恭弥はスマホを向け続ける。
すると、手に持っていたスマホが突然鳴り出した。画面に「雅先輩」の表示。
「あ、雅先輩からだ」
恭弥は電話に出て相手の声に耳を傾けた。その間、マコが心配そうな目でじっと見つめてくる。
「わかりました。じゃあ、今日中に設置しちゃいます。はい、では」
通話を終えるなり、マコが聞いてきた。
「雅先輩、なんて?」
「あの女を終電近くまで引き止めてくれるって。だから、今日中に仕込んじゃおうと思う」
「今から行くの?」
「いや、暗くなってからにする。そのほうが目立たないだろうし」
「だね。でも、もし早く帰ってきたら?」
「そんときは連絡がくるよ」
「ああ、そっか」
* * *
日が完全に沈むのを待ってから、恭弥は隣の部屋に忍び込んだ。
室内に踏み込んですぐに、改めて雅の協力に感謝の気持ちが湧いた。彼が用意した合鍵がなければ、こう簡単にはいかなかっただろう。
部屋の照明は点けずに、まずは暗闇に目が慣れるのを待つ。夜目が利くようになったところで、靴を脱ぎ、足音を忍ばせながら奥へ進んだ。間取りは今マコと住んでいる部屋と同じだったため、妙な既視感にとらわれる。
リュックから荷物を取り出し、座卓の上に並べていく。すべて出し終えると、まずは円筒形の卓上スピーカーを手に取り、浴室へ向かった。アウトドア用のスピーカーで、電源コードが不要のタイプだ。
浴室に入って天井の点検パネルを押し上げて隙間を作ると、そこにスピーカーを慎重に滑り込ませる。設置を終えて部屋に戻り、スマホを操作して浴室のスピーカーから音を流す。
「ん?」
いくら耳を澄ませても、浴室からは何も聞こえてこない。音量を少しずつ慎重に上げていく。やがて、かすかな声が聞こえてきた。さらに音量を上げると、恨めしい声がはっきりと聞き取れるようになった。
「こんなもんかな」
きっと、マンションの住人が寝静まった深夜なら、もっと鮮明に聞こえるはずだ。
次に恭弥は、白い壁に掛かる時計を外し、裏側に小型の黒い機器を両面テープで貼り付けた。続いて、カーテンの裾にカッターナイフで四センチほどの切れ目を入れ、その中に厚さ五ミリほどの小型機器を忍ばせる。裾の切れ目は両面テープで仮止めし、同じ作業を三十センチほど離れた位置にも施した。仕込んだ機器は信号を送ると磁力が発生し、互いに引き寄せ合う仕組みになっている。
仕掛けをすべて設置し終えると、恭弥はマコに電話をかけた。
「全部終わった。まず、時計から試してくれる?」
「りょ」
マコからの返事とほぼ同時に、壁掛け時計がカタカタと動き出した。隣室からの操作でも支障なく動くことが確認できた。
「OK、時計は問題なさそう。次はカーテンをお願い」
「らじゃ」
すぐにカーテンが大きく揺れた。こちらも正常に動いてくれた。
「カーテンもOK。じゃあ、最後に壁を叩いてくれる?」
「はーい」
すぐに隣室から壁を叩く音が響いてくる。すべて問題なさそうだ。
「完璧だね。今から戻るよ」
退散する前に、恭弥は白い棚の上のクマのぬいぐるみをわずかに動かした。
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