謎の男
【闇堕ち少女、怨霊と化す——】
男は薄暗い外廊下を静かに進んでいく。403号室の前で足を止めると、周囲をさっと確認してから合鍵を使ってドアを開けた。
玄関を上がると、男は迷わず浴室の電気を点けて中へ入る。クリーム色の見慣れたユニットバスだ。男は天井の点検パネルに手を伸ばしてそれを押し上げると、作った隙間から小型の卓上スピーカーを取り出した。ネットで五千円ほどで購入したもので、この二か月間、存分に活躍してくれた。充分に元は取れただろう。
浴室を出て八畳ほどの部屋に移動すると、男は自分で設置した仕掛けを回収していった。まずは壁掛け時計の裏に付けていた小さな装置を取り外し、次に窓際のカーテンの裾に仕込んでいたものを取り出した。
仕掛けの回収が済むと、男は白い棚の上に置かれたクマのぬいぐるみを手に取った。これはプレゼントと称して人を介して贈ったものだが、内蔵された監視カメラが部屋のすべてをとらえていた。
回収した品々をリュックに詰め込むと、男はベッド脇の丸い座卓にA4サイズの紙をそっと置いた。日記の一ページをコピーしたもので、乱れた筆跡から書き手の憎悪がにじみ出ている。その中の一文が、赤ペンでぐるりと囲まれている。
〝いつか絶対、あの女にも私と同じ目にあわせてやる!〟
男は口元をゆるめる。これで、相手に意図ははっきりと伝わるはずだ。
403号室を出た男は、周囲に人影がないことを確認してから隣の404号室に入っていく。すぐに同居人の人懐っこい笑みで迎えられる。
部屋の白い壁にはコルクボードが掛けられていたが、男がその前に立つと、同居人の女がそっと並び立つ。
コルクボードには、複数の写真やメモが人物相関図のように貼り付けられていた。その中央には、まるで何かの標的であるかのように、笑みを浮かべる〝本田奈央〟の顔写真が貼られていた。
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