招かれざる客
【闇堕ち少女、怨霊と化す——】
ランジェリー姿の華菜子は、ローションとおしぼりが入った小さなカゴを手に個室のドアを軽くノックした。
どぎついピンク色で統一された室内に入ると、作り笑いを浮かべて客に小さくお辞儀をした。顔を上げた瞬間、客の男の甲高い声が響いた。
「うわっ、本物だ!」
その言葉に、華菜子の身体が一瞬にして凍りついた。驚いて客の顔を凝視する。男は興奮気味に目を輝かせている。その軽薄そうな顔は、どこか見覚えがあるような気がしないでもなかった。
「まさかこんなとこで、本人に会えるとはな」
華菜子の顔から血の気が引いていく。やはり、男は自分のことを知っている人間のようだ。
すぐに震えが止まらなくなった。自分を知る人間が店に来たという事実に心が押し潰されそうになる。しかも、男は華菜子がこの店にいることを知った上で来店したのは明らかだ。
「また、あの女か……」
直感が犯人を告げる。
あの女は、いったいどこまでやるつもりなんだ——。
柄シャツをだらしなく着崩した男がニヤついた笑みを浮かべる。
「おれのこと覚えてる? 同じ中学だった片岡だよ。お前の二個上の」
名前を聞き、記憶が呼び起こされる。確か、何かと問題を起こしていた素行の悪いグループの一人だったはず。この手の知人が本田奈央には少なくないようだ。
「何ぼーっとしてんだよ。さっさと座れよ」
片岡と名乗った男がピンクのベッドを手で叩いて隣に座るよう促してくる。だが、華菜子はドアの前から一歩も動けなかった。
「おい、どうした? おれは客だぞ。金は払ってんだ。サービスはきっちりしてもらうぞ」
それでも華菜子が黙ってうつむいていると、片岡は苛立ったように立ち上がり、おもむろに手首をつかむなり強引にベッドの上に投げ出された。
「きゃっ!」
華菜子の口から短い悲鳴が漏れる。
片岡は興奮気味に上着を脱いで上半身を露わにすると、荒い息づかいのまま身を寄せてきた。
「や、やめて!」
「黙れ。こっちは金払ってんだ。最低限のことはしてもらうかんな」
* * *
「無理やりってのも悪くねえな」
片岡は煙草を吸いながら満足げにつぶやく。
華菜子は半ば放心状態で天井を見つめていた。煙草の白い煙が、ゆらゆらと漂っている。
避妊もせずに、二度も中で射精された。ここは本番行為が禁止されていたが、片岡はそんなことなどお構いなしだった。助けを呼びたくても、店長にこれ以上目をつけられたくないという気持ちから、華菜子は口をふさいで悪夢のような時間を黙って耐え忍んだ。
「そろそろ時間だな」
片岡はスマホで時間を確認すると、床に散らばっていた服を無造作に拾い始めた。
ズボンを履きながら、彼はにやけた顔で華菜子に言った。
「おれさ、お前のことずっと気に入ってたんだ。まさか、こんな形でやれる日がくるなんて、神様って、ほんとにいるのかもな」
じゃあ、また来るわ、と片岡は満足げに部屋を出ていった。
華菜子はドアが閉まる音を絶望的な気持ちで聞いた。
きっと、あの男はまたやって来るだろう。正規料金で本番までできるのだから利用しない理由がない。それどころか、友人たちに自慢して回るかもしれない。そうなれば、自分がここで働いていることはすぐに知れ渡ってしまう。
「ああ……!」
華菜子は両手で顔を覆った。最悪のシナリオが頭をよぎり、絶望感が押し寄せてくる。自分の破滅が、すぐそこまで迫っているのを肌で感じた。
「もう、終わりだ……」
本田奈央への怒りは、あきらめの気持ちに取って代わろうとしていた。彼女の悪意は止まることを知らない。人がそこまで残忍になれることに、ただただ唖然とするばかりだ。今はそんな女に目をつけられてしまった不運を嘆くことしかできなかった。
「もう、生きていたくない……」
華菜子はきつく目を閉じるが、あふれ出る涙は止まらなかった。
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