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[完結済]【呪い系ホラー】こはるちゃん、いっしょに。  作者: てっぺーさま
第二章 血塗られた過去

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神社の裏で

【闇堕ち少女、怨霊(おんりょう)と化す——】

「顔はやめろって言ったろ!」

 数馬(かずま)は、男の顔を殴った仲間をきつく睨みつけた。

 神社の裏手は日陰で薄暗く、空気はひんやりしていた。

「悪い。つい殴っちまった」

 仲間が言い訳がましく弁解する。

 数馬は殴られた男の顔をつかみ、怪我の具合を確かめた。

「赤くなってんじゃねえか。もう顔はやめろよな」

「わかったよ」

 数馬が男から離れると、仲間二人が再び男に襲いかかっていく。

 リンチを眺めながら、数馬は支配者にでもなったような優越感に浸る。しかし、やり過ぎはよくない。警察沙汰になれば面倒なことになる。何事も加減が必要だ。

「よし、その辺でいいだろ」

 数馬は仲間に声をかけて手を止めさせた。暴行を受けていた男の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。

「そんじゃ、そいつの服、全部脱がせろ」

 男は腕を伸ばして抵抗して見せるが、仲間が何度か小突くと観念したように大人しくなり、その後はされるがままになった。

 数馬は全裸になった男を地面に正座させると、彼の顔にスマホを突きつけた。

「今からお前の女、ここに呼び出してくれる?」

「え……」

 男の顔がとたんに青ざめた。

「ほら。さっさと電話しろよ」

 数馬はスマホを男の顔に押しつけるが、男は受け取ろうとせず、下を向いたまま震えている。

「ちっ、イラつかせやがって」

 数馬は仲間が吸っていた煙草を乱暴に奪い取ると、その火口(ほくち)を男の太ももに強く押しつけた。

 男が短い悲鳴を上げ、火傷した太ももを押さえて地面に倒れ込む。倒れた男を仲間が無理やり引き起こしたところで、数馬は煙草を男の顔の前でちらつかせてすごんだ。

「次はちんぽの先に押しつけて、尿道ふさいでやんぞ!」

 男が大きく目を見開き、恐怖に顔を引きつらせる。

 仲間がニヤニヤしながら割って入る。

「さっさと言うこと聞いたほうがいいぜ。こいつ、マジでやっからな」

 男はその言葉に反応し、両手を合わせて懇願するように声を上げた。

「します! します! 電話します! すぐしますからぁ!」

「だったら早くしろ」

 男はスマホを受け取ると、絶望的な表情で電話をかけた。唇は死人のようにまっ青になっている。

「……もしもし、カナちゃん? うん、今から……会えないかな?」


    *  *  *


 奈央は雑木林の中から、その一部始終をずっと見物していた。

 少し離れた場所からでも、カズマの金髪はよく目立つ。そんな彼の横で、(みやび)が涙声を押し殺しながら電話の相手と話している。全裸で地面に正座する姿はとても痛々しかった。

 好きな男子生徒の醜態を見るのはそれなりに辛かったが、原口華菜子をどん底に突き落とすためには彼の犠牲がどうしても必要だった。恋人に裏切られたと知れば、心に深い傷を負うはず。それに、奈央は雅に男らしさを求めていなかった。今の惨めな姿を見ても、彼への想いは変わらなかった。


 雅が電話してから二十分ほどが過ぎた。雑木林でじっと息を潜めていると、静かな空気をスマホの着信音が破った。奈央がそっと覗くと、雅が着信に応じている姿が見えた。

「……もしもし? 着いた? じゃあ、神社の裏に来て」

 雅の顔には隠しきれない罪悪感がにじみ出ていた。

 やがて、砂利を踏む音が奈央の耳に届いた。音のほうに目をやると、神社の裏手に原口華菜子が姿を見せた。その瞬間、雅が大声で叫んだ。

「カナちゃん、逃げて!」

 罪悪感からか、雅が土壇場になって寝返った。だが、勇気を出すのが遅すぎたようだ。裸で正座する雅の姿を見て凍りついていた原口華菜子に向かって、カズマの仲間たちが襲いかかった。無抵抗のまま彼女はすぐに捕まり、雅はその光景を見て両手で顔を覆った。

「ああ……!」

 雅の悲痛の声が、雑木林の中に響いた。

 原口華菜子は男たち二人に両腕をつかまれて唖然とした表情を浮かべていたが、視線はずっと雅のほうを向いたままだった。彼女はいまだ、状況を完全には理解できていない様子だ。

「お前、もう帰っていいぜ」

 カズマが、うなだれる雅に冷たく言い放った。

 雅は罪悪感に顔を歪めながら股間を隠して立ち上がると、地面に散らばっていた自分の制服や鞄を拾い上げて逃げるように駆け出し、原口華菜子の横で「本当にごめん……」と、か細く一言だけ発してその場を去っていった。

 原口華菜子は呆然とした様子で雅の背中を見送るが、彼の姿が見えなくなると、力尽きたように膝から崩れ落ちた。

 彼女の絶望的な表情を見て、奈央の胸に満足感が広がっていく。そして、気分を良くしながら雑木林を抜けて原口華菜子の前に自分の姿をさらした。

「え、本田さん!?」

 驚く原口華菜子に向かって、奈央は意地の悪い笑みを浮かべて応じた。

「あなた、雅君に売られちゃったのね。ほんと、可哀相な子」

「本田さん、これってどういう……」

「全部、あんたが悪いんだからね。わたしの雅君に手を出したから」

 原口華菜子が大きく目を丸くする。

「え!? 本田さん、雅君と付き合ってたの!?」

「付き合う前に、あんたに横取りされたんでしょうがぁ!」

 感情が爆発して、奈央は思わず声を荒げた。

 失恋の痛みが一気によみがえり、原口華菜子に襲いかかりたい衝動が湧き上がった。だが、奈央はそれをぐっとこらえる。それは自分の役目ではない。〝専門の部隊〟がいるのだ。自分が暴れるよりも、それを眺めるほうがずっと愉快なはず。

 カズマの仲間の一人が、興奮したように声を上げた。

「なあ、もうやっちゃってもいいんだよな?」

 その言葉に事態を察したのか、原口華菜子が地面に膝をついたまますがるように懇願してきた。

「ねえ、本田さん……。お願い、やめさせて」

「華菜子、だいじょうぶだよ。別に暴力を振るおうってわけじゃないんだから。大人しくしてれば痛い思いはしないよ。たぶんね」

 奈央が意地悪くそう言い放つと、原口華菜子の顔色がみるみる青ざめていく。

「お願い……。お願いだから、こんなことやめて……」

「それは無理。雅君を奪った罰は、きっちり受けてもらうから。カズマ、あとは任せたよ」

「おう」

 カズマとその仲間たちが、原口華菜子の制服を剥ぎ取っていく。奈央はスマホを取り出し、その一部始終を撮影した。スマホ画面越しに映る絶望に歪んだ顔が、奈央の心の傷をみるみる癒していく。

「全部、自業自得だからね」


    *  *  *


 事を終えて、男たちは制服のズボンを上げて着衣の乱れを整える。彼らの顔には達成感が浮かんでいた。

 原口華菜子は胸元をはだけたまま地面に横たわっている。少し黒ずんだ乳首を隠そうともせず、呆けた視線を宙にさまよわせている。

「それにしてもすっげえ暴れたな。こりゃ一人少なかったらきつかったな」

 カズマの言葉に奈央も同意する。それほどまでに、原口華菜子の抵抗はすさまじかった。

「ご苦労さま。はい、これ約束のお金」

 奈央はカズマに一万円札を五枚差し出した。

 カズマはそれを受け取り、満足げな笑みを浮かべた。

「こんないい思いして、金までもらえるなんてな。奈央、サンキューな」

「いえいえ、わたしこそありがとだよ。おかげですっきりしたわ」

 すると、仲間の一人が不安げな声を漏らした。

「なあ、あの女、妊娠したりしねえよな……」

 仲間の言葉に、カズマは得意げな顔で答えた。

「心配すんな。先輩から聞いた話だけど、レイプされたときって、子宮が上向くから妊娠しにくいんだとよ」

「へえ、マジか。知らなかった」

 男たちは感心したようにうなずいたが、奈央の心は逆に曇った。あわよくば、原口華菜子が妊娠し、さらに苦しむ姿を期待していたからだ。とはいえ、これで終わりにするつもりはなかった。好きな男を横取りされた屈辱は、この程度では鎮まりそうもなかったからだ。

 奈央は原口華菜子を見下ろしながら冷ややかに告げた。

「今日のところはこれで終わり。でも、まだ許したわけじゃないから」


    *  *  *


 その夜、華菜子はいつものように机に向かい、日記帳を開いた。中学生のときからの習慣は、あんな目に遭った日でも中断することはなかった。

 まずは雅に呼び出されてからの一連の出来事を、華菜子は一つひとつ書き綴っていった。まるで、それが義務であるかのように。書きながら胸が張り裂けそうになるが、思い出せる限り詳細に記録していく。

 ペンを進めながらも、雅からの誘いに何の疑問も抱かなかった自分の浅はかさにも怒りが湧いてくる。今考えれば、電話してきたときの彼の様子はどこかおかしかった。それに、わざわざあの神社に呼び出すなんて普通じゃない。すぐにおかしいと気づくべきだったのだ。でも、彼を恨むことはできない。彼もまた被害者なのだから。

「でも、あのあと助けを呼んでくれてもよかったはず……」


 あの人は私を簡単に見捨てた。それがたまらなくつらい。きっと、あの女は恋人に裏切られた私を見て、さぞかし満足したことだろう。もう誰も信じられない。誰も信じたくない。誰も信用できない……。


 そして、本田奈央と男子生徒たちが自分を置き去りにして立ち去った場面まで書き終えると、今度は湧き上がる感情をありのままに書き殴っていった。

 どす黒い感情が次から次へとあふれ出してくる。筆跡も荒くなり、怨念がペン先に宿るかのようにページを黒く染めていく。怒りの矛先は本田奈央に向かっていく。彼女への怒りに比べれば、雅への怒りも、見知らぬ男子生徒たちへの怒りも些細なものに感じられた。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」と声に出し、本田奈央が呪い死ぬことを全力で願いながらペンを動かしていく。

「憎い! 憎い! 憎い! あの女が憎くてたまらない!」

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