理不尽な暴力
「おい、原口」
帰りのホームルームが終わったあと、三人の女子生徒たちが机を取り囲んできた。学校内であまり評判のよくない者たちだ。
華菜子は少し怯えながら口を開いた。
「何……?」
「リサが呼んでんだよ。ちょっと顔出しな」
吉野リサ——不良グループのリーダー格の女子生徒だ。万引きで停学になり、本日復学したばかりだ。
「なんで、吉野さんが?」
「いいから来いって言ってんだよ!」
目の前で凄まれ、華菜子はとたんに萎縮してしまう。友人に助けを求めようにも、仲のいい者たちはすでに部活に向かったあとだった。仕方なく華菜子は、言われるがままに三人のあとについて行った。
連れてこられたのは、裏山の人気のない場所だった。
そこは彼女たちのたまり場なのか、キャンプ用の椅子がいくつか置かれていた。そのうちの一つに、吉野リサが股を大きく広げて座っていた。
「てめえ!」
吉野リサは声を荒げて立ち上がるなり、華菜子の腹に容赦ない蹴りを入れてきた。
華菜子は地面に倒れ込み、鋭い痛みが腹部を貫く。恐怖と混乱で頭の中はパニック状態だ。今は次の攻撃に備えて身を守ることしかできない。
吉野リサが深くしゃがみ込み、顔を寄せてきた。怒りの形相だ。
「お前、あたしのこと、片親だからってバカにしたらしいな!」
華菜子はとっさに反論した。
「バカになんてしてないよ!」
「うるせ! 証拠は上がってんだよ!」
吉野リサがまたも蹴り上げてきた。
華菜子は痛みに耐えながら声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 誰がそんなこと言ったの!?」
「そんなんどうでもいいだろ!」
再び容赦ない蹴りが飛んでくる。華菜子は身を丸め、眼鏡をかけた顔を両手で挟んで守りを固める。吉野リサは完全に逆上していて、冷静な話し合いなどとても望めそうもない。今はただ耐えるしかなかった。
しかし、寝耳に水とはまさにこういうことを言うのだろう。吉野リサが万引きで停学になったと知ったとき、クラスメイトと軽く話題にしたことはあったが、彼女を悪く言った覚えはない。それに、片親家庭だということも今知ったのだから。
やがて、理不尽な暴力が止んだ。吉野リサは両手を自分の太ももに置きながら、肩で大きく息をしていた。
「また舐めた口聞いたら、次はマジでぶっ殺すからな!」
息が上がったまま罵声を飛ばすと、吉野リサは仲間を引き連れて去っていった。
華菜子は地面に丸まったまま、去り行く彼女たちの背中を見つめた。
「いったい何なの……」
怒りよりも困惑のほうが大きかった。なぜ自分がこんな目に——。次の瞬間、ふと緊張の糸が切れたかのように涙がどばっとあふれ出た。
身に覚えのないことで因縁をつけられ、一方的に暴力を振るわれた。その理不尽さに気が狂いそうになる。吉野リサに対する怒りは当然だったが、彼女に誤った情報を吹き込んだ何者かへの憤りのほうが強かった。正体がわからないだけに、得体の知れない不安感が胸の奥に広がっていく。
涙はいっこうに止まらなかった。しばらくして少し落ち着きを取り戻すと、ようやく立ち上がるだけの気力が戻ってきた。
立ち上がった瞬間、鋭い痛みで顔を歪めた。靴先で何度も蹴られたせいで、身体のあちこちが痛んだ。
華菜子は痛みに耐えながら、制服の埃をていねいに払っていった。上着を脱ぎ、背中側についた汚れもはたき落とす。完全には落としきれなかったが、とりあえず今はこれでよしとした。帰宅してすぐに自室に駆け込めば、家族に知られずに済むだろう。
最後に鞄の埃を払うと、華菜子は肩を落としながら家路へと向かった。