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[完結済]【呪い系ホラー】こはるちゃん、いっしょに。  作者: てっぺーさま
第一章 心霊現象

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フラストレーション

【闇堕ち少女、怨霊(おんりょう)と化す——】

「はあ……」

 奈央は女子トイレの鏡に映る自分の顔を見て深いため息をついた。

 日に日にやつれていく顔。絶望感が胸の奥に広がっていく。それでも、今は少しでも自宅から離れていたくて、大学には無理して通い続けていた。

 女子トイレを出ると、外で待っていてくれた真由美といっしょに食堂へ向かう。食堂に入ると二人とも日替わりランチを選び、空いていた席に腰を下ろした。

「奈央、実家って北海道だったよね?」

「うん」

「じゃあ、やっぱ答えはそこにあるかもよ。一度、帰ってみたら?」

「うん……」

 奈央は曖昧な返事をした。

 心霊現象が再開したことは真由美には伝えてあった。岩国が結界を張ることに難色を示していることも。そのため、顔色が冴えない理由も理解してくれていた。しかし、他の友人たちはそうではなかった。

 すると、大学の仲間が二人、奈央たちのテーブルにやってきた。澤村優子が奈央の顔を覗き込むなり口を開いた。

「奈央、今日も顔色悪いけど、だいじょうぶ?」

「うん、平気」

「本当に?」

「ほんとだって」

「奈央は、ちょっと寝不足なだけだよ」

 真由美が助け舟を出してくるが、それでも優子は引き下がらなかった。

「寝不足? ただの寝不足でそんな顔になるわけないじゃん。奈央、最近鏡見た? すごい顔してるよ。ちゃんと食べてる? マジで病院行ったほうがいいって」

「だから、だいじょうぶだって」

「だいじょうぶじゃないから言ってるんじゃん。わたし、心配して言ってんだよ。今日にでも病院に行ったほうがいいって。いっしょに行ってあげようか?」

 あまりのしつこさに、頭にカッと血が上った。

「もう、ほっといてよ!」

 奈央は怒りに任せて声を荒げた。

 食堂が一瞬で静まり返った。優子は目を見開いて驚いている。周囲の学生たちも驚いている様子だ。彼らの無遠慮な視線が奈央の神経をさらに逆撫でする。

 唖然としている優子を一睨みしてから、奈央は乱暴な足取りでその場を離れていった。


 学生食堂を出ると、奈央はキャンパスのベンチに腰を下ろした。そして苛立ち紛れに、恋人の(みやび)に電話をかけた。だが、何度コールしても応答はなかった。

「もう! 何で出てくれないのよ!」

 恋人に無視され、奈央の心はさらにすさんでいく。

 イライラと爪を噛んでいたところ、突然スマホが鳴った。

「え、雅君!?」

 期待を胸にスマホを見るが、〝山本紗希子〟と地元の友人の名が表示されているのを見て絶望する。期待を裏切られたことで、無性に怒りが込み上げてくる。

「もしもし!」

 つい、八つ当たり気味に電話に出てしまう。

「……奈央、どうしたの? 怖い声出して」

「ごめん。ちょっとやなことあって」

「そっか……。タイミング悪かったかな」

「ううん、だいじょうぶ。何かあった?」

「あれ? ニュース見てない?」

「え、ニュース?」

「うん。川崎君、覚えてる? 中学の同級生の」

 その名前を聞き、奈央の胸に一気に不安が広がる。

「……彼が、どうかしたの?」

「亡くなったの」

「え!? 嘘でしょ!?」

 まさかの報告に、奈央は驚きを隠せなかった。よりによって、あの川崎数馬(かずま)だ。

 奈央は動揺を抑えながら聞く。

「なんで死んだの?」

「溺死だって」

「溺死?」

「うん。死因は溺死らしいんだけど、発見された遺体には暴行の跡がたくさんあったって……」

「暴行の跡……」

 奈央はぞっとした。今いちばん聞きたくないような話だった。

「それとね、川崎君の足首に、手でつかまれたような跡が残ってたんだって。誰かが川崎君の足首をつかんで、海に沈めたのかもだって」

 足首につかまれた跡——。

 奈央は言葉を失った。自分の今の状況と重なり、恐怖が現実のものとして迫ってくる。

「確か、奈央って川崎君と仲良かったよね? ショック大きくない?」

「うん……」

 死んだ事実よりも、そのタイミングだ。この時期に起きたことがとても不吉に思えた。

「実は、まだあるんだよね……」

「え……」

 友人の言葉に、奈央はびくっと身をこわばらせた。

「片岡先輩、覚えてる? あたしたちの二個上の」

「え、片岡……」

 その名もまた、今は聞きたくなかった名前の一つだった。

 奈央は平静を装って聞き返す。

「……覚えてるよ。彼がどうしたの?」

「交通事故で半身不随になったらしいよ。しかも、自分から車に突っ込んだんだって」

「え!?」

 一瞬で顔から血の気が引いていく。

 よりによって、このタイミングで、川崎数馬に続いてあの男まで——。

「この話にも変なとこがあってね」

 友人の言葉に、奈央は耳を塞ぎたくなった。

「轢いちゃった運転手が言うには、ブレーキを踏んだのに全然効かなかったんだって。ねえ、怖くない?」

 事故を起こした高齢者の言い訳でよく聞くフレーズだが、もし本当にブレーキが効かなかったのであれば、機械の故障なのか、あるいは別の力が働いたのか。

「でもさ、あの人、自殺するようなタイプじゃなかったよね?」

「そうだね……」

「だから、呪いじゃないかって」

「呪い?」

「そう。原口華菜子(かなこ)の」

「え!?」


 原口華菜子——奈央が今、最も聞きたくない名前だった。


「華菜子が自殺したのって、片岡先輩が追い込んだからだっていう噂が流れたじゃない? もしそれが本当なら、片岡先輩に関しては自業自得だったかもしれないね」

「そうだね……」

 もし片岡が自業自得だというなら、自分はどうなるのだろう。奈央の心は重く沈んでいく。

「ところでさ、雅君とは順調なの?」

「う、うん。順調だよ……」

 思わず飛び出た偽りの言葉に、奈央の顔が自然とこわばる。

 そんな気持ちをよそに、友人は続ける。

「高校時代の恋人と結婚までいったら素敵だよね」

 彼女は勝手に妄想を膨らませていく。事情を知らぬとはいえ、奈央は聞いていてイライラした。

 その後、他愛のない世間話を少し交わして通話を終えたが、奈央はベンチから動けなかった。あのときの関係者二人に起きた悲劇は、無視できるものではなかった。

「これって、偶然のわけがない……」

 奇怪な現象が起こっている時期に二人が被害に遭い、うち一人は死んでいる。次は自分なのではないか。

 脳裏に、岩国の言葉がよみがえる。


「なんせ距離があるからね。おれの力じゃ、その霊を成仏させるのはむずかしい」


 彼が言っていたように、これは距離が関係しているのだろうか。被害に遭った二人は北海道にいた。自分は東京にいる。遠くにいるおかげで、ただの心霊現象で済んでいるのだろうか。

「いや、距離なんて関係ない。きっと、わたしのことをいたぶってるんだ……」

 やはり、岩国が言っていたように、早急に謝罪が必要なのかもしれない。

 奈央はその場で実家に電話をかけた。

「——もしもし、お母さん? 今週、そっちに帰ろうかと思うんだ。ううん、別に何もないよ。ただ、何となく帰りたくなっただけ」

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