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第3部:闇鍋

 第二章:洋食と和食


 本郷がもたらした情報は、事件の様相を一変させた。

捜査の焦点は、二つの巨大な闇の組織へと絞られていく。

一つは、関東誠明会。

広域指定暴力団であり、近年、その資金源を伝統的なしのぎから、

IT関連のインテリジェンス犯罪へとシフトさせているインテリ武闘派組織だ。

彼らの目的は、金と暴力による直接的な支配。

デジタル・フロンティア社が持つ技術も、彼らにとっては新たな「武器」であり「金づる」に過ぎない。

そして、もう一つ。

諒平の調査によって浮かび上がった、謎に包まれた古い組織。

その名は、「黒蓮会こくれんかい」。

戦後の混乱期に、ある大物政治家をフィクサーとして設立されたと言われる、

日本の裏社会における真の支配者。

政財界に深く根を張り、暴力ではなく、情報と金で人を操る。彼らは表舞台に姿を現すことなく、

関東誠明会のような暴力団すら、時には駒として利用すると噂されていた。

彼らにとって、天堂の持つ技術は、社会を裏からコントロールするための、

喉から手が出るほど欲しい「道具」だった。

二つの組織は、目的も手法も異なる。

しかし、どちらも「天堂栄一」という男を介して、この札幌の事件に深く関与していることだけは間違いなかった。


 第二章:過去のメインディッシュ


 数年前、銀座を舞台に起きた大規模詐欺事件。

彩(高村咲子)は、その美貌と巧みな話術で、関東誠明会が用意した筋書き通りに、

複数の資産家や政治家を骨抜きにした。貢がせた金は、数十億に上ると言われている。

当時の警視庁の捜査は、不可解な形で難航した。有力な証拠が次々と消え、証言者が口をつぐむ。

捜査の最前線にいた刑事たちは、見えない壁の存在を感じていた。

それは、捜査情報が「黒蓮会」に筒抜けだったからに他ならない。

黒蓮会は、この事件を利用して、関東誠明会の力を削ぎ、同時に、

スキャンダルを握ることで政治家たちへの影響力を強めようとしていたのだ。

彩は、二つの組織の思惑が渦巻く中で、ただの美しい駒として、完璧な演技を続けていた。

そして、事件が終息に向かうと、彼女はまるで煙のように、忽然と姿を消した。


彩が次なるターゲットとして選んだのが、IT業界の風雲児、天堂栄一だった。

天堂は、金も、野心も、そして女に対する欲望も、人一倍強い男だった。

彩にとって、これほどたやすいカモはいなかった。

彼女は、いとも簡単に天堂の懐に入り込み、彼の愛人として、その寵愛を一身に受けるようになる。

そして、天堂は札幌に新たな拠点を築くことを決める。

それが、ライオンズタワー札幌のペントハウスだった。

東京の喧騒を離れ、誰にも邪魔されない天空の城で、彩という若く美しいトロフィーを独占する。

それは、彼の歪んだ支配欲を満たす、最高の舞台のはずだった。

二人は札幌に移り住み、表向きは、成功した男と、その寵愛を受ける美しい愛人という、

誰もが羨むような生活を送っていた。

しかし、その関係は、ある一点から静かに崩れ始める。

天堂は、猜疑心の強い男でもあった。彼は、彩の些細な行動から、彼女の背後に、

自分以外の誰かの存在を嗅ぎ取り始めたのだ。

盗聴器を仕掛け、興信所を使って彼女の身辺を洗わせた。

そして、天堂は、彩が自分を裏切り、会社の情報を外部に流しているという確証を掴んでしまう。


 第三章:危険なデリバリー


 深夜の「雅宗」に、春馬、智仁、そして諒平が駆けつけた。

カウンターの中では、隼人が静かに彼らを待っていた。

春馬が撮ったベランダの痕跡の写真をモニターに映し出すと、

諒平がすぐにその画像を拡大・解析し始めた。

「この傷…何かの機材を乗せた跡に見えますね。そして、この手すりの痕跡は…ワイヤーを張っていた名残だ」

「ワイヤー…?」智仁が首を傾げる。

その時、隼人が静かに口を開いた。

「犯人は、天堂の部屋には入っていない。そして、凶器を直接持ち込んでもいない。すべて、外部から送り込んだんだ」

隼人の言葉に、全員が息を飲む。

「春馬、お前がベランダで見つけたのは、犯人が残した唯一の痕跡だ」隼人は、モニターを指差した。「犯人は、天堂の部屋の真上の階…つまり、屋上から、この装置を使って『凶器』をベランダに降ろしたんだ」

「真上から!?そんなことが可能なのか?」

「ああ。ライオンズタワーのような超高級タワマンは、住民のプライバシーを守るため、屋上への立ち入りは厳重に管理されている。だが、それはあくまで『住民』に対してだ。ビルのメンテナンスや、清掃業者なら、比較的自由に出入りできる」

そこで、諒平が「あっ!」と声を上げた。

「西岡副社長…彼が函館に出張していたあの日、彼の会社が契約しているビルメンテナンス会社の清掃員が、一人、急病で欠勤しています!」

「金田社長は…?」

「金田社長は、シロだ」隼人は、きっぱりと言った。

「あの黒い噂も天童に仕組まれていたのだろう」

「彼がパーティーに出ていたホテル。その厨房の総料理長・坂巻は、娘の海外での手術費用を、何者かに工面してもらっていた。その見返りに、彼は犯人の計画に加担した。天堂の為の、あの奇妙なルームサービスを作ることによってな」


これで、容疑者は絞られた。

副社長の西岡と、愛人の彩。この二人が、それぞれ別の場所で、アリバイを確保しながら、

この殺人計画を実行した。

「だが、二人とも、直接手を下してはいない。それに、動機も立場も違うこの二人が、なぜ協力し合う必要がある?」

春馬の疑問は、的を射ていた。

「そこに、この計画の立案者…真犯人がいる」

隼人の声が、静かな店内に響いた。

「西岡に会社の実権を、彩に大金を。それぞれが最も欲するものをちらつかせ、彼らを駒として操った。そして、自分は一切表に出ず、この完璧な殺人計画を指揮した、もう一人の人物がいるんだ」

「そいつは、一体誰なんだ!」

隼人は、ゆっくりとカウンターから出ると、春馬が送信してきた一枚の写真に目をやった。

それは、デジタル・フロンティア社が、数年前に技術賞を受賞した時の記念写真だった。

中央でふんぞり返っている天堂栄一。その隣で、控えめに、しかし鋭い目で微笑んでいる男がいた。

春馬が現場で何気なく撮って、送った写真である。

「諒平」隼人が言った。

「この男を調べてくれ」

その男は、誰もが忘れていた、過去の亡霊なのか。


 第四章:隠し味の正体


隼人が指差した写真。

諒平は、すぐにその画像を自身のパソコンに取り込み、拡大した。

中央でふんぞり返る天堂栄一の隣で、まるで影のように、しかし確かな存在感を放って立つ男。

その目は、穏やかに見えて、その奥に底知れない知性を感じさせた。

「この男…名前は、真壁宗介まかべそうすけ

諒平は、驚異的な速さでデータベースを検索し、その経歴を読み上げ始めた。

「デジタル・フロンティア社の共同創業者。指向性超音波技術の基礎理論を構築した、本当の意味での天才です。しかし、会社の方向性を巡って、利益至上主義の天堂と激しく対立。数年前、天堂の策略によって会社を追い出され、全ての権利を奪われた。以来、公の場から完全に姿を消し、その消息は誰も知らなかった」

「会社を追い出された天才創業者か…」

春馬は、唸った。

「動機としては、十分すぎる。天堂への復讐…」

「それだけじゃない」隼人が、静かに続けた。

「天堂は、真壁の作った技術を、いわば『子供』を奪い取った。そして、その子供を、金儲けの道具として歪んだ方向に育てようとした。真壁にとって、天堂は、自らの夢と魂を汚した、許すべからざる敵だったんだろう」

「じゃあ、真壁が、西岡と彩を操って…?」

「ああ」隼人は、頷いた。

「真壁は、天堂に恨みを持つ者たちを、駒として巧みに操ったんだ。会社を乗っ取りたい西岡。金が欲しい彩。そして、娘の命を救いたい坂巻料理長。彼は、それぞれの欲望を的確に見抜き、彼らが断れないような『取引』を持ちかけた。そして、自分は決して表に出ず、この復讐劇の脚本を書き、演出した」

すべてが、一本の線で繋がった。

真壁宗介という、忘れられた天才。彼こそが、この不可能犯罪の黒幕だったのだ。

「だが、そいつは今、どこにいるんだ!?」

春馬が叫ぶ。

「おそらく…」諒平が、苦々しい顔で言った。

「どこか、ネット環境さえあれば、世界中のどこからでも、この計画を指揮できる。物理的な痕跡は、何一つ残さずにね」

まさに、現代の幽霊ファントム

警察の物理的な捜査網では、決して捕らえることのできない、最強の敵。

捜査は、振り出しに戻ったように思えた。いや、敵の正体が分かったからこそ、そのあまりの巨大さと、捕らえどころのなさに、全員が言葉を失った。

その重い沈黙を破ったのは、隼人だった。

彼は、カウンターの中に立つと、いつものように、丁寧に手を洗い始めた。

「隼人さん…?」

「なあ、春馬」隼人は、手を拭きながら、静かに言った。

「どんなに姿の見えない幽霊でも、腹は減る。飯は食うはずだ」

「…何が言いたいんだ」

「真壁という男が、どんな人間で、どんなものを好み、どんな生活を送ってきたのか。そいつの『人となり』を、徹底的に洗い直すんだ。そいつが愛した料理、通った店、読んだ本、聴いた音楽…。どんな些細なことでもいい。そこから、そいつの今の居場所に繋がる、何かが必ず見つかるはずだ」

それは、またしても、料理人である隼人ならではの発想だった。

相手の「レシピ」を解き明かし、その人物像を再構築することで、見えない敵の姿を炙り出す。

「幽霊退治といくか」

隼人は、静かに笑った。その目には、最強の敵を前にして、むしろ楽しんでいるかのような、

闘志の炎が燃えていた。

カウンターの上の探偵団の、最後の戦いが始まろうとしていた。

標的は、現代社会が生み出した、最も捕らえがたい怪物。忘れられた天才、真壁宗介。

彼らは、まだ知らない。その怪物の本当の恐ろしさと、その計画の先に待っている、驚くべき真実を。


(第3部了)

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