TURN8 オペレーション・ブレイクダウン・ライカ
前回までのあらすじ。
アンジェリカの記憶が元に戻ったが、それはヴィランランク9位ライカ・フワの策謀であった。彼女はヒカルの命を狙っており、アンジェリカの願いを受けて、数多の者たちがライカを倒すべく集結し始めた。
あらすじ終わり。
「つまりアンジェリカは元々エイルル帝国の第二皇女の嫁で、元の生活に戻るのに僕が邪魔だからヴィランランク9位が殺しに来る。アンジェリカとしてはそれを認めるわけにはいかないからACDCで迎撃すると。そういうことか」
ACDC本部で書類処理を終えてグロッキーになっていたヒカルが、アンジェリカ謹製転移術式で戻ってきたアンジェリカたちからの説明を受けて眉間にしわを寄せる。
ACDCには既にエイルル帝国第二皇女リーゼロッテ・ラース・エイルル、リーゼロッテの専属メイド兼護衛である上位ケルベロスの琴子、エイルル帝国魔法省きっての炎属性魔法の使い手である大魔女エシル、鬼の国の女王の龍胆之命が、リーゼロッテの呼びかけに応じて集結していた。呼びかけに応じたものの戦闘員の招集に手間取っている武装修道女集団のリーダーであるステラは遅れてやってくる手筈になっている。アンジェリカと共に転移してきた凪とラピスは医務室に向かったため不在である。
ライカがこれから自分を殺しに来るのでこれまでヴィランとして敵対してきた勢力に属する者やそれとは関係ない者たちと共闘しろと突然言われて、ヒカルは困惑していた。ライカの動機がだいぶ支離滅裂なのもそうだが、バディとしてこれまで共に活動してきたアンジェリカがヒーロー側やそれに近い勢力の実力者と浅からぬ因縁を結んでいたとあれば、ヒカルの困惑も当然であった。
加えて、リーゼロッテの呼びかけに応じてアンジェリカ謹製転移術式でやってきた者たちから雑多な感情のこもった視線を浴びせられているのもヒカルの胃に負担をかけていた。ヒカルは概ね好意的ではない感情由来の複数からの視線に鈍感になれるような精神構造にはなっていない。
そんな中で口火を切ったのはケルベロスの琴子だった。
「アンジーはんも突然いなくなったと思えば男を囲っていたなんてなあ……うちというものがありながら、どういう考えなのかは今は詰るつもりはあらへんけど」
「僕に性別はない。アンジェリカが勝手に僕のことを彼氏呼ばわりしているだけだ」
「ふうん……?」
ヒカルの弁明に対し興味の欠片もなさそうな声で琴子は返した。
急速に興味を失くした琴子に続いてヒカルに声をかけるのはエシル。
「性別がないってことは人造人間? フワ・インダストリーズの軍事部門に生体兵器課があったような気がするけど、こんなの造れるんだ? 余計なことするよねほんとに」
「生体兵器とも人造人間とも言い難いね。少なくとも錬金術的アプローチを行なった製造過程らしいのは聞いている」
「あー、だからアンちゃんとバディ組ませられたのか! アンちゃんならホムンクルスのメンテくらい簡単だろうし。あーでも、私も一緒にいればもっと改良できたろうになあ」
「兵器だろうと人造人間だろうとホムンクルスだろうとわらわには関係なか。あんじーに相応しいのはわらわであって、この男とも女ともわからぬ馬の骨ではないのじゃ」
エシルが比較的肯定的に会話する中へ、命が割って入る。刹那、その場の空気がかすかに冷えるのをヒカルは感じた。ヒカルを邪魔に思うのは何もライカだけではなかった。アンジェリカを巡って戦闘に発展した仲の者たちが、アンジェリカのそばにそれなりの期間居たどこの馬の骨ともわからない輩を守るために戦おうと言われて、アンジェリカのためならばやむなしと応じて集結しただけである。ヒカルが目障りかどうかは別の話だ。
ヒカルはアンジェリカの過去を知らないし、それに関わった人々の諍いも当然認知していない。それでも、自分を快く思わない者が多数いるのは嫌でも理解できた。彼女たちが未だアンジェリカを独占したいという欲求を内に秘めていることも。
そんな不安要素を抱える面々で撃退できるほど、ライカは与しやすい相手だとはヒカルには思えない。新世代型魔法少女相手に手加減した上で勝てるようなヴィランをどうこうできる自信はヒカルにはない。質と量を揃えればそれなりにいい勝負にはなるだろうが、連携の面で不安が残る。
その時である!
『HIT! 061!』
ガイダンスボイスと共に金色のスロットマシンめいたバックルを装着したヴィランがエントリーを果たした! ヴィランランク9位、識別名ライカ・フワである!
赤紫のウルフカットの髪の一部を猛禽めいた翼に変形させ、高速飛行しながらACDCの執務室の窓ガラスを突き破って乱入し、ライカはアイサツする。
「ドーモ、ヒカル・バンジョー=サン。ライカ・フワです。お前を始末しに来た。全力で抵抗しろ」
『HIT! La+!』
アイサツを完了させた直後にバックルのレバーを操作したライカの頭から翼が消失し、代わりに水牛めいたツノが側頭部から一対生えてくる。同時に首や両手首や両足首に枷が嵌められた。
「これはこれは! 当たりを引けたねえ!」
そう言うなりライカは嵌められた枷を全て羽毛のように引き千切り、ネガ・アガトラムを装着してすらいないヒカルに殴りかかった。
刹那、ヒカルとライカの間に割って入る影が一つ。ヒカルに襲い掛かるはずだったライカの非常に重い正拳突きを両手で受け止めたのは命であった。
「か弱い人の子が戦装束を着るのも待てぬとは、とんでもない早漏じゃのう。おまけに幽世歩きを贔屓しておる上に……死の商人のフワ・インダストリーズとやらだったかの? そこの子飼いの犬とくれば、鬼の国の女王たるわらわがおぬしと戦う理由には事欠かん」
「アンジェリカ嬢を同族にした上で妃にしようとした鬼の国の女王サマかい。幽世歩きがやらかしたやんちゃのとばっちりで国が一度傾きかけただけなのに、幽世歩きや僕に対してその言い草だとはねえ。儚さが取り柄の短命種を無理矢理長命にしようとするに飽き足らないその傲慢さ……若い娘に嫌われるよ?」
次の瞬間、ライカの震脚でフロアの床全体が陥没し、その場にいた全員が下の階層へと落下していく。
ヒカルは命が作ってくれた僅かな隙にネガ・アガトラムを装着し変身を終えて高い身体能力を底上げすることで下の階層に着地、琴子は上位ケルベロスという種族由来の身体能力でリーゼロッテとアンジェリカを抱きかかえて着地に成功し、エシルは飛行魔法で浮遊することで難を逃れる中、至近距離で震脚に巻き込まれた命はバランスを崩した上でライカからアッパーカットを見舞われ天井に首から上がめりこんでしまう。
『HIT! 54R!』
「ちぇ、今度はハズレか」
命を戦闘不能にしつつ、着地と同時に行ったレバー操作の結果に不満を漏らすライカ。頭からツノが消えて今度はコヨーテの耳が生えていた。
あーだこーだと不平不満を口にしながらも懐から怪しげな色の液体に満ちた試験管複数本を取り出し、投擲しようとするライカを、エシルの十八番である炎属性魔法が襲う。投擲フォームをとったライカにはこれを回避する手立てはなく、直撃を貰い爆発炎上。炎属性魔法は本来爆発を伴うものならば専用の魔法を行使する必要があり、エシルの十八番はそれではなかった。ライカが爆発炎上したのは試験管の中身に引火したのが原因だった。
ライカに有効打を与えられた一方で、床と天井を震脚で破壊されているとはいえ今の戦場は屋内。爆発炎上に伴う煙の逃げ道は限られており、明らかに有害な色合いの薬品から発生した煙から逃れる必要性がアンジェリカたちに発生した。
そんな危機的状況にてエントリーを果たしたのは凪とロロとラピスである。プラズマウィップと大斧で階層の外壁や嵌め殺しの窓を破砕し、煙の逃げ道を作りつつ合流したのだ。
やがて爆炎や煙が晴れて視界が良好になると、ゴシックロリータの服の一部がちりぢりに焼け焦げながらも大した外傷のないライカの姿が全員の前に露わになった。ライカはロロがいることを認めると、僅か一歩でロロのすぐそばまで接近した。
「ブラックマインドへの帰還おめでとうロロ嬢。ヒーローになって人助けする君はそんなにかわいくないからね。思い上がったヒーローどもを振り上げた斧で制裁するときの君が一番かわいい……幽世歩きもきっとそう言うに違いない」
「ロロさんッ! そいつの言葉に耳を貸さないでッ!」
「やかましい外野だねえ。トリモチで黙ろうか」
今度は懐からグレネードランチャーを取り出したライカはトリモチ入りの弾を凪とラピスに向かって発射した。凪はトリモチをプラズマウィップで弾こうとしたものの、トリモチがプラズマウィップにこびりつき、壁に張り付いて使い物にならなくなってしまう。ラピスは顔面にトリモチが直撃し、呼吸困難に陥ってしまいもがき苦しみ始めた。
「ロロ……かわいい? ヒーローどもをボコボコにしているときが一番?」
「うん、かわいいよ。だからとりあえず、ネガ・ライトにリベンジするところから始めよっか。更なるかわいさの高みを目指すためにも」
「うん!」
ライカの甘言に惑わされ、ロロはあっさりと寝返りネガ・ライトへと変身したヒカルに襲いかかる。
この瞬間にもエシルとアンジェリカが魔法と錬金術で凪とラピスを苦しめるトリモチを溶かそうと試みており、その時間を稼ぐべくリーゼロッテがエイルル帝国の国宝の魔剣を鞘から引き抜いた。
「エイルル帝国第二皇女、リーゼロッテ・ラース・エイルルの名の下に! ライカ・フワ、貴方に勝負を挑みます!」
「その勝負、ライカ・フワが謹んでお受けします」
『FEVER HIT! X!』
レバー操作の結果、ライカの頭からコヨーテの耳と水牛めいたツノと鷹のような翼が生え、右手には日本刀が握られ、首と両手首と両足首には枷が嵌められる。恐らくこれまでバックルの効果で発生した形態の全てを盛り合わせたのだろうが、完全にキメラとしか形容できない有様だった。
手始めにリーゼロッテは飛翔する斬撃を発射するも、ライカはこれを床に潜航することで回避する。自身の頭上を飛翔する斬撃が通過した瞬間に髪が変化した翼で飛翔し、上層階の天井にめりこんでいる命めがけてサマーソルトキックを叩きこみ、リーゼロッテの頭上めがけて落下させる。
だがリーゼロッテは命に命中する可能性を考慮せず、飛行中のライカ目がけて二発目の飛翔する斬撃を発射する。落下する命と飛翔する斬撃は見事にすれ違い、斬撃はライカに、命はリーゼロッテにそれぞれ命中した。
落下してきた命のせいで体勢を崩したリーゼロッテと、飛翔する斬撃の直撃を貰って墜落するライカ。戦況は混沌としていた。
「うう……年長者に対する敬意が欠けておる……」
「邪魔ですよ命様! このままライカを追撃しないと……!」
「ほお? どこの誰を追撃できると仰られるのですか皇女殿下?」
墜落した瞬間に床へと潜航することで落下ダメージから逃れたライカは、首と両手首と両足首の枷を再度引き千切り、およそ墜落したばかりとは思えない速度で体勢を立て直し、右手の日本刀でリーゼロッテに斬りかかった。リーゼロッテは命を突き飛ばして魔剣でライカからの一撃を受け止めようとしたが、およそ人間を超克したとしか思えぬ膂力で振るわれた日本刀の一撃を防ぎきれずに右肩を斬られてしまう。
ライカはバックルを取り外すと、負傷したリーゼロッテを突き飛ばされた命の方向へ蹴り飛ばす。バックルの恩恵で上乗せされていた分の強化がなくなってもライカの蹴りは強力であり、蹴り飛ばされたリーゼロッテが命もろとも壁に衝突してしまうほどだった。
「このオモチャ、使いにくいなあ……もう要らないや」
「リゼはんをよくも……!」
主であるリーゼロッテが負傷し最前線から離脱したため、入れ替わる形で琴子が前衛へと躍り出る。クラシカルなエプロンドレス姿から本来の姿……三つ首の番犬へと変形し戦闘態勢をとった。
取り外したバックルを懐に仕舞ったライカは四足歩行形態の琴子へと肉薄し、三つ首の内の左右の首にアイアンクローを極め、そのまま頭蓋にヒビを入れる。
苦悶の声をあげた琴子の腹部にライカは蹴鞠の要領で蹴りを叩きこみ、上層階の天井まで吹き飛ばしてみせた。天井に衝突した琴子は自由落下し、そのまま意識を失った。
あーあ、と落胆の声をこぼすライカの表情には嘲りがありありと見受けられる。
「都合のいい女連合軍……いや、アンジェリカを守り隊もこの程度かあ。あのオモチャ、最初から要らなかったかもね」
「それは僕が相手であってもか?」
完全にアンジェリカたちを侮っていたライカの前に立ちふさがるのは、ロロを無力化したヒカルである。
ヒカルからの挑発に対し、ライカは若干の苛立ちが混ざった声で返事をした。
「ヒトでもデミでもフリークスでも何でもないようなナマモノな上に、僕が手を回してランク上げしたヴィラン風情がいい気になってどうするの? アンジェリカ嬢の都合のいい女連合軍の方が君より強いのに、僕がオモチャで遊んでみたりみなかったりしたらほぼ壊滅した現状なの、わかっていないワケ?」
「連携の面では目も当てられないが、まだ全滅していない」
片手に一振りずつ、計二本のネガ・ブレイカーを構えたヒカルがライカに斬りかかる。フランベルジュの二刀流なんて何を、と疑問に思いながら軽やかなステップでライカは回避するが、波打つ刀身から錬金術用の油の飛沫が飛んできた。流石に油の飛沫まではライカでも回避できなかった。
「僕たちの……いや俺たちの勝機が、千に一つか万に一つか億か兆かそれとも京か……あるいは那由他の彼方でも十分すぎる」
「よく吠える!」
ライカがついに余裕の表情をかなぐり捨てて怒りを露わにした瞬間、エシルの炎属性魔法がライカに命中した。引火性の高い錬金術用の油をぶちまけられていたライカがこれを食らえばどうなるか。答えは単純、ライカは爆発せずに激しく炎上する。
面白いように燃えるライカを見て、エシルは呵々大笑。
「いやー、アンちゃんの作る油は燃え方が違うわ! よく燃えるのなんの!」
「でもあそこまで燃やされると攻撃しにくいんだけど」
「私の十八番食らってピンピンしているアレが、これで倒せるとは思えないからな~。凪ちゃんも気を引き締めなよ」
破ァ! という叫びと共に、いかなる原理か不明ながらライカは自身を苛む炎を無理矢理鎮火させた。そこへトリモチを取り除かれて万全の状態に戻ったプラズマウィップが襲いかかり、ライカの左前腕に絡みついた。プラズマを帯びた鞭による焼灼を受けてライカは呻き声を漏らす。
散々ボコボコにされてきた鬱憤を晴らさんとばかりに命が最前線に復帰し、ライカの顎目がけて頭突きを見舞った。この一撃で体幹がぐらついたライカに対して、命と入れ替わるようにして躍り出たヒカルはネガ・アガトラムを装着した左手による貫手で追い打ちを行なう。
肌は炎とプラズマで焼け爛れ、腹部は鋭利な鉤爪を伴った貫手で風穴が開き、ライカはまさに満身創痍の体となった。にもかかわらず、倒れる気配を見せない。身体能力に限らず頑健さにおいても人間を超克しているようだと、ヒカルは感じた。
左前腕に絡みついたままのプラズマウィップを引き千切り、口元から流れる血を拭い、ライカはあっさりと負けを認めた。
「あーはいはい、僕の負け僕の負け。即席の連携の前に負けましたよーっと。おべべがここまでボロボロにされたのもムカつくが、手を抜きすぎた僕が悪いしねえ。じゃあ、僕ラピス嬢とロロ嬢連れて再教育センター行ってくるから」
そう言ったライカは炎属性魔法とプラズマで計三回焼かれた上で胴体に鋭利な鉤爪で風穴を開けられたとは到底思えない軽やかかつ俊敏な動きで、トリモチから解放され未だ呼吸の荒いラピスと倒れ伏しているロロを米俵のように抱きかかえ、ボース粒子を利用した時空間転移で逃走した。
ひとまず、危機は去ったのだ。