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TURN7 オペレーション・リキャプチャ・オブ・アンジェリカ

 前回までのあらすじ。

 悪の組織アンジェリカちゃん大好きクラブ略してACDCの諸々の事務処理に追われていた新ボス・アンジェリカが凪にデートへと連れ出された。

 あらすじ終わり。




「まあデートっていうのは建前で本当の目的はネガ・ライトの分断とアンジェリカを誘き出すことだったんだけどね」

 アンジェリカは今、リーゼロッテの日本での拠点にいた。魔法少女キューティ・ナギとしての形態に変身した凪の手によってプラズマをオフにしたプラズマウィップで拘束までされている。

 そんなアンジェリカの目の前にはリーゼロッテとロロのかつてのバディであるラピスが立っていた。

「凪……謀ったな……!」

「凪ちゃん、どうだった?」

 アンジェリカの凪に対する恨み言を無視して、リーゼロッテは凪やラピスと会話を始める。

「記憶を根本から弄られているみたい。リーゼロッテのことも、私のことも、エイルル帝国での来歴も何もかも覚えていない。洗脳としては珍しいタイプだね」

「記憶の秩序が乱されている……ということなら、わたくしの秩序の魔眼で正常な状態に戻せます。書き換えられた後の記憶が残るかは保証できませんが……」

「構いません。アンジェリカはエイルル帝国に不可欠な人材……そして私の最愛の妻なのですから」

「わかりました」

 ラピスがアンジェリカの頬に両手を添えて固定し、左眼を妖しく輝かせた。

「オーダー・ラピスが正す──アンジェリカさん、貴方の記憶に秩序をもたらします」

 秩序の魔眼。それはラピスが先天的に持つ異能であり、直視した者を『秩序にする』という効力を持つ。『秩序にする』というのは精神状態からアライメントに至るまで、混沌としたものを正すことを指す。

 そんな秩序の魔眼を直視したアンジェリカの脳内に、濁流がごとき勢いで記憶が帰還してきた。エイルル帝国において宮廷錬金術師にスカウトされうるだけの功績をあげた経歴から国家間戦争に匹敵する騒ぎにまで発展した原因でもある女遍歴に至るまでと、それらを改竄した張本人・“影の女王”の顔を、アンジェリカは一挙に思い出した。

「うぷ……おえええええ!」

 そして記憶を無理矢理『秩序にされた』反動で嘔吐した。

 胃の中身が空になるまで嘔吐したアンジェリカは、この世の終わりを目の当たりにしたかのような表情でぼそぼそと言葉を口にした。

「私は……なんてことを……! 何人死んだ? ヒカルを利用して何人殺したんだ私は? 殺しだけじゃない……私はヴィランとして悪行三昧だったじゃあないか……!」

 服が吐瀉物まみれのアンジェリカを、リーゼロッテは汚れるのも構わず抱きしめ囁いた。

「優しいアンジー……誰かに記憶を弄られたのに、利用されたのに、自分のせいだと嘆くなんて……それでアンジー、誰にやられたの?」

「…………この国の国家元首、“影の女王”だ。でもなんで私をヴィランにしたんだ……?」

「それについては僕から説明しよう」

「誰だッ!?」

 ボース粒子を利用した時空間転移でエントリーを果たしたのは、赤紫のウルフカットや右眉から右頬にかけて走る縦一文字の傷跡を隠せない眼帯に左側頭部のデフォルメされた骸骨のアクセサリーや紫を差し色としたゴシックロリータが特徴の少女とも少年ともとれる女。

 女は警戒心を最大まで高めたリーゼロッテたちに対して気さくに自己紹介を始めた。

「はじめまして。僕はヴィランランク9位、識別名ライカ・フワ。ワイズマン・プライドの知己として色々手引きした者……と言えば第二皇女殿下にも伝わるかな? ホワイトマインドのヒーローである凪嬢をブラックマインドのヴィランとして偽装したのも僕だよ」

「それで? 私たちに何の用ですか? 見ての通り夫婦の感動の再会なので邪魔なのですけど」

「何故“影の女王”はアンジェリカの記憶を弄ってヴィランにしたのか、という話をしに来たんだ。君たちも知りたいだろう?」

 ライカはリーゼロッテたちの返事を待たず、経緯の説明を開始した。

「数年前、ヴィランランク1位の幽世歩きがいつものように虐殺を始めたんだ。対象は第1世代から第4世代の、いわゆる旧世代型魔法少女。新世代型魔法少女システムの売り込みのために排除したかったフワ・インダストリーズからの依頼だったわけで。その際、“影の女王”の側近の一人が幽世歩きの手で瀕死の重傷を負い、その核たるエーテルは“影の女王”にとりこまれてね。“影の女王”はこれを自分から切り離して側近を復活させるべく幽世歩きの権能を奪ったんだ。権能を奪われた幽世歩きはその後行方不明だけどそれはどうでもいい。権能の方が重要だからね。奪った権能の名は『刻死天使の権能』……これを使って殺せないものはない。神様だろうと概念だろうと、魂と結合したエーテル核とのつながりだろうとね。“影の女王”はこの権能を幽世歩き以外の誰かに使わせるべく、フワ・インダストリーズに要請した。そうして始まったのがフワ・インダストリーズの人工ヴィラン製造計画。中でもネガ・ライトの戦闘担当のヒカル・バンジョーはこの計画の中でも成功作と言え、“影の女王”はヒカルに権能を託そうとしている。ところが、ヒカルが権能を行使できるだけの存在に育て上げるために錬金術の技術が必要になってね。そこで“影の女王”は高い水準の錬金術の技能を持ち、政治的に問題のない錬金術師を求めたんだ。そう、それがアンジェリカ嬢ってワケ。ひどい話だよね~錬金術師協会や宮廷錬金術師団内の権力闘争を厭ってフリーランスでいただけの妻帯者が、自分勝手な都合で拉致され記憶を弄られヴィランとして悪行を働かせられたんだからさ」

 ライカの説明は長ったらしいことこの上なかったが、アンジェリカと特に面識のないラピスは要約を試みた。

「つまり、日本の国家元首が私情でエイルル帝国の暗殺者から力を奪ったり第二皇女の奥さんを拉致したりしたと?」

「そういうことになる。僕はね、お嬢さん。人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて三途の川送りになればいいと思っているんだ。だから僕はアンジェリカ嬢を皇女殿下へ引き渡すために暗躍した。ああそうそう、アンジェリカ嬢のいないヒカル・バンジョーの処遇は任せてほしい。僕が直々に始末するから」

 ヒカルを始末するというライカの言葉を聞き、アンジェリカは怒気を孕んだ声色で静かに言葉を紡ぐ。

「……ライカとか言ったか? 記憶を弄られていたとはいえ、私が丹精込めて育てたヒカルを、“影の女王”の自分勝手な都合で造られたヒカルを、お前は自分勝手な都合で殺すのか?」

「言葉遣いがダーティだよアンジェリカ嬢? アレはヒトでもデミでもフリークスでもない。生きる権利なんて最初からないんだ。始末したとて僕が咎められることはない……そういう分類の存在なんだ。それに、僕は幽世歩きとは浅からぬ関係でね。“影の女王”の邪魔さえできれば他はどうだっていい。そう、アレはそういうどうだっていい存在だ。君はそんなののことなんか忘れてかわいい娘たちときゃっきゃうふふな錬金術師ライフに戻ればいいんだ」

「いいわきゃあねえだろうがあ!」

 アンジェリカはそのマッチ棒めいた細い体躯からは想像もつかない声量で怒鳴り声を絞り出した。

 未だ抱きついているリーゼロッテも驚きを隠せないが、それに目もくれずアンジェリカは己の思いの丈を吐き出し続ける。

「“影の女王”の手前勝手な都合で記憶を弄られた? これまでの経歴全部パアにされて利用された? だからどうした! 人間種でも亜人種でも異形種でも何でもないから殺しても問題ない? 問題あるんだよ! ヒカルはどこかの誰かの勝手な都合で経歴パアにされた私を肯定してくれた! 力になってくれた! そんな優しいヒカルを、何より私自身も、これ以上どこかの誰だか知らないやつの勝手な都合に振り回されてたまるか!」

「吠えるねえアンジェリカ嬢。で、君に何ができる? 君は名うての錬金術師だ。だが、戦闘向けの錬金術は修めていないだろう。まさかとは思うが、君も君の勝手な都合のために妻やハーレム候補の娘たちを利用するのかい? 沁みるねえ!」

 啖呵を切ったアンジェリカを痛烈に皮肉るライカに対し、凪はプラズマウィップを振り下ろした。プラズマを帯びたそれは、ライカの僅かなステップで回避されてしまう。

「お、都合のいい女1号かい? この調子だと2号3号と続いてくるのも出てくるよねえ? こりゃあ邪魔される前にとっとと始末しにいかないといけないねえ?」

 飄々としながら嘲りを交える口調で全方位を全力で煽っていくライカ。変身した第8世代魔法少女を相手にここまで余裕を見せるのは、当の凪からしてみれば脅威以外の何物でもない。見たところライカは、ヒカルのパワードスーツのネガ・ライトであったり凪やロロの魔法少女システムであったり、そういった強化ツールの類を使用していない。にもかかわらず魔法少女システムを起動して行われた攻撃を何の苦もなく捌いている。ヒーローランキングにせよヴィランランキングにせよ、9位の座は創設者特権による指定席に過ぎない飾り。だが目の前のランク9位は、恐らく素の身体能力だけで魔法少女キューティ・ナギの相手をしている。口撃まで行いながらだ。

 アンジェリカの想いを汲むならば、この場でライカを倒さねばならない。この場にいる味方は、ヒーローではないものの武器のスペックで辛うじて戦闘能力を持つリーゼロッテと強い個人より多数を相手取る方が得意な上に24時間のクールタイムが必要な能力を使ったばかりのラピスの二人だけ。アンジェリカにできるのは薬品による後方支援が関の山なので彼女は除外。

 凪が思考を回しながら対ライカの勝ち筋を探していると、ライカが懐からあからさまに変身ツールらしきベルトを取り出した。バックル部分がスロットマシンを模した金色のパーツで出来ており、ライカはそれを装着してバックルのレバーを操作する。

『HIT! 168!』

 バックルからのガイダンスボイスと共に、ライカの右手に日本刀が生成された。それを用いて襲い来るプラズマウィップをパリィし、そこに生じた隙を突くようにライカは凪の鳩尾にローキックを叩きこんだ。

 フェミニンな少年ともボーイッシュな少女とも形容できるライカの見た目に反し非常に重いローキックを浴びせられた凪は拠点の壁まで吹き飛ばされてしまう。

「かはっ……!?」

「凪ちゃん!」

「サムライフォームでトンファーキックは許しておくれ。なにぶん僕もこのオモチャのみで戦わないと出撃するなってブラックマインドに指示されているから、こういうこともするさね」

 心のこもっていない謝罪と共にライカは再びバックルのレバーを操作する。

『HIT! 96A!』

 バックルからのガイダンスボイスを受けて日本刀は消滅し、代わりにライカの身体が地面に沈んでいく。まるで潜水艦が急速潜航していくかのように。

「じゃあまたACDC本部で会おうか。バイバーイ」

 そう言い残して、ライカは地中を泳ぐようにして姿を消した。

 ライカの言葉を反芻したアンジェリカは相棒の危機に気付いて頭を抱える。

「しまった! 本部にはヒカルがいる……! 魔法少女になった凪ちゃんが手も足も出せないようなライカが相手じゃあ、私の支援がないヒカルに勝ち目はない……!」

「なら、私に頼ってよアンジー」

 自身が組んだ転移術式でACDC本部へと帰還しようとしたアンジェリカを、リーゼロッテが止める。

「私だけじゃあ不安なら、琴子ちゃんにエシル、命様やステラさんにも声をかけよう。アンジー一人で抱えこまないで。私は妻として、アンジーの願いを叶えたいから」

「…………これは私の問題だから、リゼは関わらない方がいい」

「アンジーの問題は私の問題。どの道、アンジーの潔白を証明するための証人になってもらいたいしね。えーと……ヒカル君だっけ? あの彼にはさ」

「私も……まだ、戦える……!」

「凪ちゃん! 無理しないで!」

「あいつ、明らかに手加減しているから……はあ、倒すなら油断している今しかないよ……アンジェリカ……それも、数で押すくらいしないといけない……!」

 アンジェリカは苦悩した。エイルル帝国で暮らしていた頃に戻るだけなら、このままヒカルを見殺しにすればいい。それでもヒカルを助けたいのはアンジェリカの勝手な都合であり、それに巻き込まれようとする凪やリーゼロッテが都合のいい女呼ばわりされても仕方ない。凪の言葉が正しいなら、凪やリーゼロッテだけでは話にならない。他にも大切な人たちを巻き込んでの大規模な戦闘に発展させる必要がある。

「いや、ACDCにはロロがいる……私とヒカルとロロで対処できるか……? でも、ヒカルと一騎打ちで負けていたしなあ……」

 脳内で巡らせていた考えがいつの間にか口に出ていたアンジェリカ。ロロがいるという言葉に、ラピスが食いつきを見せた。

「……アンジェリカさん。ロロさんがACDCとやらにいるというのは本当ですか?」

「は? あ、ええ。いますね。再教育センターから出所してウチに配属されたんで」

「わたくしも連れていってください。万が一、ライカが幽世歩きのように巧みな話術の持ち主ならヒカルさん殺しに加担されます。わたくしがいれば、またロロさんを説得して戦力に数えられるようにできるはずです! だから……!」

「わーかった! わかりました!」

「琴子ちゃんとエシルと命様は連絡とれたよ。オッケーだってアンジー。ステラさんは武装修道女部隊の招集に時間がかかるから座標だけ送っといた」

「よし、間男……じゃあなかった、ヒカルを助けに行こう!」

「「「おーっ!」」」

「あーもう、全員行こう! 捕まって!」

 リーゼロッテ、凪、ラピスの三人はアンジェリカの身体の思い思いの部位を掴んだ。アンジェリカは掴まれた部位に思うところがあったものの、一旦それは保留にして転移術式を起動し、ACDCの本部へと転移すべく光の粒子となってかき消えた。

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