TURN14 対決、幽世歩き
前回までのあらすじ。
幽世歩きが『刻死天使の権能』を奪還し、フルパワーとなってヒーローチームネガ・ライトに襲いかかった。
それに対しヒカルは規格外強化変身を行ない、ネガ・ライトXXとなって立ち向かう。
あらすじ終わり。
ヒーローネガ・ライトXXことヒカル・バンジョーは幽世歩きから完全に侮られていた。
幽世歩きは“影の女王”の拠点である城『キャッスルオブシャドウ』内部を警備していた旧世代型魔法少女たちのエーテル核を次々と破壊して殺害して回る片手間でネガ・ライトXXとしての攻撃を捌いていたのだ。それこそ攻撃の軌道を予め認識しているかのような動きで的確に対処されている。
“影の女王”に奪われていた幽世歩きの権能に未来予知でもあったのかと疑いたくなるヒカルだったが、その可能性は頭から消すべきだとも考えていた。
“影の女王”を慕っていた異形種たちやステラに従う武装修道女たちからの攻撃の一部が──効果があるのかは定かではないが──確実に幽世歩きに命中しているからだ。未来予知やそれに類するスキルがあるなら全ての攻撃を捌くことなど容易いはず。もしくは、ネガ・ライトXXとしての攻撃の中に喰らってはいけないものがあり、それをピンポイントで回避しているのか。
あの侮りようから考えにくいが、一度たりとも攻撃を命中させられていないこと以上は検証のしようがないのもまた事実。
思考を高速回転させながら次の一手をどうするか悩みあぐねていたヒカルだったが、彼の眼前に驚愕の光景が広がる。
いかなる手段を用いたのか恐慌状態から復帰したであろう琴子と命が、明らかに毒性を有している色合いの液体で満ちた小瓶を片手に最前線にエントリーしたのだ。あの色合いの液体はヒカルにも見覚えがある。何せ今のネガ・チェンバーに充填された溶解液がまさにこの色なのだから。
ネガ・チェンバーに満ちる対天使溶解液は幽世歩きから奪ったバックルの効果により自動的に精製されたものであり、それをこの土壇場で複製するアンジェリカの技術力に舌を巻きつつ、ヒカルは溶解液を刀身に塗りたくったネガ・ブレイカーを投擲した。
幽世歩きには琴子と命から溶解液を浴びないようにしながらその他大勢の敵を攻撃せねばならず、人間態の自身に肉薄する膂力によって投擲されたネガ・ブレイカーの対処にまで手が回らず回避行動に失敗した。よりにもよって、仮面に開いた二つの穴のうち右側……つまり右眼窩にネガ・ブレイカーがクリティカルヒットした。いかにエイルル帝国であらゆる賛美を受けるほどの強さを誇る幽世歩きと言えど、対天使特効の溶解液まみれのフランベルジュを右目に突き立てられればダメージは通るだろうと、ヒカルは推測した。
その推測は正しく、およそ天使が放ってはいけないような汚い苦悶の叫びをあげた幽世歩きが爆発四散した。幽世歩きの接近を許してしまった、“影の女王”を慕っていた異形種たちやステラに従う武装修道女たち、ならびに幽世歩きへ接近を試みていた琴子や命は、ドス黒い瘴気と共に幽世歩きから放たれた破壊的エネルギーに飲み込まれ大ダメージを負ってその場にくずおれた。
ややあって爆散した瘴気がヒトの形をなすように集合し、人間態に戻った幽世歩きだけがその場に立つことになった。
右眼窩から肉めいた色合いの液体と固体の中間としか形容できない物質を涙のように流す幽世歩きは、怨嗟の念をこめたボーイソプラノの声でヒカルに言う。
「よくも私にこんなものをぶつけてくれたな、蚊にも劣る下等生物風情が……! 造られたことを後悔するほどの苦痛を与えるだけじゃあなく、死ねないことを悔いるほどの苦痛も与えてやる……!」
「対天使溶解液の在庫はまだあるぞ? よくもまあそんなことが言えるもんだ」
幽世歩きを煽るヒカルだったが、対天使溶解液が二度も通じる相手ではないことを重々理解していた。
乗っ取られた際におぼろげながら把握し、ネガ・ブレイカーの投擲で完全に理解したのだ。幽世歩きは人格が破綻し精神が汚染された手の施しようのない天使でありながら、獣より洗練された勘めいたものにより最適解を見抜く怪物であることを。手数で攻めて対処の手を滞らせることにより一発目は通っただけで、二度目以降は確実に対処されるという確信ができた。
ではどうすればいいか。
それは意外にも簡単なことだ。
「お前は俺を蚊にも劣る下等生物と言ったな? だがお前はそんなやつから手痛い一撃を貰って醜態を晒しているじゃあないか、お前を模した下劣な複製品に! なあ、今どんな気持ちだ?」
「……ッ! █████────ッ!」
幽世歩きを、勘が示した最適解に従えないほど怒り狂わせればいい。
いかに人格が破綻していようが精神が汚染されていようが、勘に従う冷静さがあったからこそこれまでのヒカルの攻撃は捌かれてきたのだ。それを奪えば幽世歩きに残るのは見るも無惨な破綻した思考だけ。
対天使溶解液による攻撃で二度目の大ダメージを与えるのは運がよければの話だし、怒り狂った手負いの獣の相手というのは危険に過ぎるのが相場である。それでも、ようやくヒカルと幽世歩きはイーブンの状況にまで持ち込めた。
ヒカルにとって善悪などどうでもいい。ただ誰かの身勝手な都合で造られた自分のために粉骨砕身して尽くしてくれたアンジェリカの願いを叶えるべく戦うだけ。ヒカルにはそれしかない。その障害たりえるならば、幽世歩きだろうが誰だろうが叩きのめすし、いかなる手を使うのも辞さない。
ヒカルと幽世歩きの一騎打ちが、今始まる。
一時間後。
『キャッスルオブシャドウ』が戦いの余波で半壊する中、ヒカルと幽世歩きの一騎打ちは終わる気配が見えなかった。
ヒカルの纏うネガ・ライトXXのネガ・チェンバーは二箇所とも潰され、四振りあったネガ・ブレイカーは残り一振り。頭部の角と両足の鉤爪は全て折れ、品性を疑う金色のマントはボロボロになっていた。
幽世歩きの方は右眼窩の他にも右肩から肉色のゲル状物質を垂れ流している。
加えて互いの飛行能力は翼を引き千切ることで無力化しており、形勢としてもほぼ互角であった。
「下等生物風情が……と言いたいところだが、お前は私の遺伝子を基に造られたナマモノだったっけな……ここまで手こずるとは」
「自分で言ったことも忘れたのか? 30万年も生きていると痴呆は避けられないみたいだな」
「30万17歳だッ! 確かに人間時代の初恋の人の面影も忘れてしまったが、誰が痴呆の進んだババアだッ!」
利き手の肩を破壊されてなお、幽世歩きの怪力は無双と形容しても過言ではなく──舗装された地面が陥没するほどの勢いで接近して放つとはいえ──ただのパンチですら並みの人間からすれば致死のそれである。人間より頑健に造られた上でパワードスーツを纏って高い防御力を確保したヒカルでさえ、この一撃を貰えばただでは済まない。それが1フレーム発生で襲いかかってきたのだから回避行動に出遅れてしまい、顔を覆うバイザーを砕いてなお余りある衝撃に顔を歪めて吹き飛ばされた。
最適解選択による攻撃回避を厭って煽り続けていたツケが怒りに任せた最速の一撃となって返ってきたヒカルは、顎を殴られたわけでもないのに脳震盪を引き起こしてしまい、幽世歩きからの追撃を許してしまった。冷静さを欠いている分の怒りを威力にフィードバックされた幽世歩きの左飛び膝蹴りがネガ・ライトXXの胸部装甲にヒビを入れる。
しかしこれをただ受けるだけのヒカルではない。ネガ・ブレイカーの波打つ刃を幽世歩きの左アキレス腱に当て、引く。ネガ・ブレイカーは面白いように幽世歩きの左アキレス腱をズタズタに切り裂き、幽世歩きが悶絶の声をあげた。
およそヒト型の生命が発してはいけない叫びと共にエクスキューショナーズソードを振り回し始めた幽世歩きの攻撃とも呼べない乱雑な動きにより、ヒカルの手に握られた最後のネガ・ブレイカーがへし折られる。
一時後退を余儀なくされたヒカルを見るや否や、幽世歩きはエクスキューショナーズソードを振り回す動きを止め、安心安全高品質のワイズマン・プライド・ブランドの刻印入り上位回復薬を服用する。たちまち左アキレス腱の傷が塞がり、右眼窩と右肩から溢れる肉色のゲル状物質の流出が止まった。
「これで形勢はわずかだがこちら側に片寄ったなあ!? てめーはこの勢いのままブチ殺す! 惨たらしく絶命しろォ!」
「惨たらしい有様なのはそっちの方だろうが!」
次の瞬間、エクスキューショナーズソードがヒカルの腹部を貫いた。
一切の予備動作なしにヒカルに致命傷を与えた幽世歩きは勝ち誇る。
「ブチ殺すって思ったなら……その瞬間に行動は完了している……誰が言ったんだか忘れたが、これが一番確実なんだよなァ!」
「油断したな……幽世歩き……!」
「あ゛?」
ヒカルに致命傷を与えるべく接近した幽世歩きの心臓目掛けて、ネガ・ライトXXの鉤爪が突き立てられる。鉤爪が幽世歩きの皮膚と肉と骨を刻んでミックスしながら心臓を捉え、そのまま引き抜き白日の下に晒した。
引き抜かれた幽世歩きの心臓はまもなく握り潰されたが、幽世歩きの表情に一切の動揺はない。
「ナアナアナアナアナア、お前自分の種族わかっているのか? 私は人間種以外からの致命的ダメージを受けても死なないんだよ? 心臓を潰されようが脳味噌でシェイクを作ろうが、それが人間種じゃあないなら死なないんだ。残念だが、お前のやってきたことは全部徒労なんだよ」
そんなことは知っている、と蚊の鳴くような声でヒカルは返事をした。
「俺は……ただアンジェリカのために戦うだけだ……俺にはそれしかない。邪魔するなら誰だろうと叩きのめすし、どんな手も使う……お前は一騎打ちのつもりだったんだろうが、いるんだよこっちには。人間種の味方が……!」
ヒカルは幽世歩きの左腕に右手の鉤爪を突き立て、勘が働いた幽世歩きの抵抗を咎めた。
刹那、音速飛行する箒にまたがる第10世代魔法少女ウィング・ロロの振るう大斧の一撃により幽世歩きは両断された。
何故三度も再教育という名の洗脳を受けヴィラン側で活動していたロロが、この土壇場でヒーローであるネガ・ライトことヒカルに味方したのか。その説明をしなければならない。
“影の女王”との謁見前日、ロロのオペレーターであるラピスの異能『秩序の魔眼』が進化し、24時間のクールタイムがなくなる代わりに常時発動状態となり、『秩序』にする範囲が拡大したのだ。これによりラピスはロロの洗脳を解除することができ、本人たっての希望により対幽世歩きの戦力として秘匿される立場として参戦することになったのだ。
ヒカルは幽世歩きを確殺するためにギリギリまでロロの存在を隠し通し、土壇場で呼び出して一刀両断させて今に至る。
ロロに斬り捨てられた幽世歩きの亡骸はドス黒い瘴気となって跡形もなく霧散し、その行方はこの場にいる誰にもわからない。
だが、幽世歩きから勝利をもぎ取ったことには変わりない。致命傷を受け意識が朦朧とし始めたヒカルはそのことに満足感を得ていた。
「ロロ……アンジェリカに伝えてくれないか……? 幽世歩きに勝ったってな……俺はもう、一歩も動けない……」
「そういうことは本人に直接伝えなよ! 喋る余裕があるならまだ動けるでしょ!?」
「土手っ腹に風穴あけられて、はぁ……死なない幽世歩きがおかしいんだ……」
「ロロのポーションあげるから! ほら飲んで!」
『ロロさん、ヒカルさんはもう……助からないかと。出血量と負傷からして、ポーションでどうにかなる段階ではありません』
「だからってここに置いていくわけにはいかないよ! ああもう、どうすれば……!」
「俺は……アンジェリカの幸せを、願っている……それを妨げる血が、俺の中に流れている……俺はこのまま、野垂れ死ぬ方が……都合がいい……」
「いいわけないでしょうが! 置いていかれる立場の人のこと考えたらどうなの!?」
「君が、言っていいのかそれ……?」
ヒカルの呼吸はどんどん浅くなっていき、幽世歩きから受けた致命傷から絶え間なく血が溢れ出ていく。瀕死の重傷と言って差し支えない彼をどうにかする手段は、現代には存在しない。ロロはそれを認めたくなかった。
ああでも、と最後の力を振り絞ってヒカルは言葉を紡ぐ。
「アンジェリカと、一緒にいた時間……俺は、幸せだった……」
“影の女王”を暗殺した幽世歩きを倒したヒーローの、最後の言葉であった。




