メロンの切り方
ーー通りがかりに、顔をチラリと見られた。
ふっとバカにした顔で笑われると、何やらかんに触る。……自転車暴走野郎のくせに。
社会人としていくら荒波に揉まれてきたと言っても、気になるものは気になった。あの笑みが嘲笑だというのは言われずともわかったので、かなり気分が悪くなる。なぜって? 失礼だろう。
二つ隣の隣人とは相性が悪い。嫌われている。顔を合わせれば、舌打ちをされるか顔を晒されるくらいには。
こちらが何かした覚えはないのだが、いつのまにか相手に嫌われていることはままあった。自分が気にしていなかった相手からの突然の敵意や悪意には面食らう。普通に過ごしているだけなのに、突然悪意を向けられて、時には害をもたらされて。いまだに解決策は見つからない。それとなく避けるしかなかった。今はそれが許される環境にいた。
隣人が突然話題にしていたのは、メロンだった。隣の女性から貰ったものだ。
彼女はとても親切で、よくお裾分けをくれる。季節の果物をもらったり、お菓子を作ったと言って分けてくれるのだ。そこには純粋な隣人への好意がある。恋愛の好意ではなく、優しさでくれたもの。
一回りほど年下の女性に対して、自分に好意を持ってくれているかもなんて期待はない。恋愛はもういいと思う程には色々あった。離婚もした。もう、懲りている。
それに、「彼女」を観察していればわかる。これまでに経験してきたものとは根本的にちがうのだ。
ただの親切である。隣人として、その恩恵に預かっているだけ。
……隣人として。
「……うん?」
頭の中で、何か引っかかった。彼の攻撃的でマウントを取るような態度。親しくもない隣人に、話しかけてきた内容。知らないうちに向けられていた自分では原因が分からない敵意。
もしかすると、もしかするのかもしれない。このような経験は久しくなかったので、気づくのに時間がかかった。
「年頃だな。いやー、若い若い」
恋愛からは遠ざかって幾星霜。観察力には自信がある方だったのだが、これは……。
「……予想外だな」
――自分がよもや恋敵のような扱いをされるとは。
原因が分かったからには、どうにかしなければいけないな。
考えながら、貰ったメロンをカットする。
包丁を入れると果汁が溢れて、まな板に広がる。瓜科独特なほのかな青臭さ、そして芳醇な甘みのある匂いが際立って香った。
ーー赤肉メロンだ。夕張メロンなどがその代表で、ブランドメロン品種が多い。
自分には味が濃すぎて、青肉の方が好みなのだが、頂いたからには美味しく食させていただこう。
「俺にわざわざ聞いたのは、自分との差異を確認したかったから、だろうな。自分だけが特別扱いをしてもらったということだろうか。メロンに関して」
メロンで特別扱いか。デザートでも作ってもらったかな?
メロンのデザートといえば、どんなものがあったろうか。いまいち想像ができない。
炭酸にでも入れて、食すとか? 生ハムメロンにするには、品種が甘すぎて向いていない。合わせるなら、甘みの少ない海外品種の方が良いはずだ。
「うーん」
ぶつぶつ呟きながら、タネをスプーンでくり抜くように取る。そして、包丁を縦に縦に入れていく。8分割ほどがちょうどいいだろう。
メロンは保存や出荷の間に甘味成分が下に下がっていくため、食卓に上がる頃には丸い果肉の底の部分に一番甘みが凝縮していると言われる。そのため、横に切るよりもヘタを上側にして、縦に切っていく方がいい。
「フルーツポンチ、パフェ、シャーベット……。水分の多い果実は、デザートには使いにくいのか、あまり思いつかないな。加熱するにも溶けてしまいそうな気がするし、風味を損ねてしまいかねない。なにせ、ほぼ水分だ。熱を加えることで青臭さが増してしまい、果実としてよりも野菜としての側面が強くなるんじゃないか?」
メロンの皮と身の間、中央程度に包丁を通し、途中で止める。そのまま身を皮に乗せるように切っていく。スプーンで掬うよりも、爪楊枝やフォークでさらっと食べやすい。
同じ瓜科なので、スイカのように切ってもいいかもしれないが、スイカは糖分が中央によりやすく、メロンは下に糖分が集まっているため、切り方も変わるのだ。
野菜や果物の切り方一つにも色々と理由がある。調べてみると中々面白いものだ。
「うん、これはなかなか美味しいな……」
赤肉メロンにしては、味も濃すぎず、そしてしっかりした甘みがある。青肉と赤肉のいいとこ取りをしたようなメロンだった。香りと味の両方が素晴らしかった。噛めば、濃厚な香りとあふれる果汁で口の中がいっぱいになる。舌触りもよく、つるんと喉を通っていくので、食べた感覚が薄く、いつのまにか食べ終わっていた。
「俺は彼女との付き合いを減らすべきだろうか……」
付き合いやすい隣人として、彼女との関係は大事にしていきたいと思っているのだが、彼に絡まれるのは避けたいところだ。
……いや、これは小説の新しいネタになるのではないだろうか。恋愛ものを描いたことはないが、第三者としての立場から見た内容なら、新しいものを作れる。彼にちょっかいをかけてみても面白いだろう(決してこれまでの態度に対する報復というわけではない)。
「新しいネタにも困っていたところだ。天の助けと思って、彼の今後を観察させてもらおう」
残りのメロンは料理という料理も思いつかず、それとて一度に食べるには量が多かったので、ラップにくるんで保存する。
検索してみれば、冷凍保存も可能だったので、半分は一口大に切って、ジッパーに入れて冷凍庫に。
凍らせたメロンも意外に美味しかったのは余談である。
「それにしても、何を作ってもらったんだ」
ーー後日、あまりにも気になったので聞いてみた。
「メロンバーですよ! 食べやすさの極致! 【洗い物もしたくない、スプーンですくって食べるのも嫌! そんなずぼらなあなたにオススメ! メロンの食べ方】 切るのも楽ですし、後片付けも楽なので、オススメですよ? 簡単です」
メロンの皮をむいて、袋に入れ、箸をメロンに突き刺し、縦に等分して、種を袋に落とすという動画を見せられた。時短テクニックと書いてあった。#ズボラ #簡単 の文字が目に痛い。
彼には黙っておこうと思う。