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メロンについて


 ――メロン。薄緑色の丸い球体に、白い編み状の膜が張っているような果物。あまり食べ付けない代物だ。


 それはテンションの高い隣人から突然貰ったものだった。


 手元に残ったタッパーを開けてみると、想像していたものとは形が全く違った。オレンジ色に完熟しているくらいしか想像と当たっている部分はなかった。人生の中でメロンを食べたことが無いわけではないが、そこまでうまいと思ったこともない。じろじろと見つめながら、匂いを嗅ぐ。

 しかし、高級マスクメロンだ、普段なら手に取ることも無いような果物。そんな金があればゲームにつぎ込んでいる。これ一つでゲームソフト一つ買えるくらいなら、ゲームに費やした方がコスパが良すぎる。食ったら無くなるのはありえねー。


 しかし、貰ったものは食わなければ損だ。


 タッパーの中にはきれいにカットされたメロンがあった。見たこともないような切り方で、アイスのスイカバーに似ていた。きっとあの隣人は変な歌を歌いながら、これを作ったのだろう。イメージできる。

 彼女がくれる食べものは、洗い物が出にくく食べやすく、箸なども使わないように工夫してくれている物が多かった。最初に包丁をもっていないと断ったからなのか、そこらへんの配慮があった。

 それでいて、タッパーは返せといってくるのが不思議だった。それが面倒くさいので、断ろうと毎回思うのだが、なぜか断り切れないのだ。

 


「……冷ってー」


 一口食べて、歯にしみるような冷たさ。どれだけ冷やしたんだ。

 

 果汁があふれる。とんでもなく甘かった。口の中に独特なメロンの香りが広がり、瓜科特有の青臭さも少しだけ感じる。

 完熟して溶けきった繊維が舌の上で食感を生み出すも、つるりと飲み込まれすぐに消えていった。口の中の水分が補われていく。水分がスゴい。

 スイカと違い、種が実のなかに点在していないので、食べやすかった。隣人がきれいに取ってくれているのもあるとおもうが。


「メロンってこんな味だったか?」


 不思議に思いながら、一つ二つと次々に食べていった。高級だからなのだろうか、いくら食べても飽きが来なかった。甘すぎるとしつこく感じて、少し食べただけでこれ以上は良いと思うのだが、そんな感想は抱かない自然な甘さだった。


 ブツブツ言いながら、部屋の中でメロンを食べた。アニメを見ながら、音楽を聴きながら食べた。


 いつのまにか無くなっていた。


「……?」



 これまで食べていたメロンとはあまりにも違ったので、自分が食べたものは本当にメロンだったのだろうかと怪しんでしまう。


 美味いのだが、認めたくない。しばらく無言でタッパーを見つめていた。

 隣人から物をもらうたびに、何の魂胆があるのだろうと考える。人に物をやるのは、相手にいい人だと思ってほしいからだろう。


 のろのろと動き出し、タッパーをスポンジで洗う。


 こんなものを作ってくれるのだから、少しは自分に好意を抱いているのでは。……いや、俺があの女を好きなわけでは決してないが、この手間がかかるようなものを貰えている時点で、彼女のなかでは上位の方にいるのではないだろうか。いつも笑顔だし……。



 ――タッパーを返しに行くと、案の定ニコニコした顔で出てくる隣人。

 不細工でも無く、地味でもない。どちらかといえば、目立つ容姿を持っている。それでいて男の気配も無かった。不思議な女だと思う。

 俺が知っている容姿の美しい女といえば、会社で権力を笠に着ている局やら、無愛想で挨拶も返さずそれでいて上位層に媚びている同僚などだ。母親もそんな感じだった。権威に弱く媚びるのがうまい、それでいて逆らわないやつを見つければすぐに攻撃をする。

 ひたすら自分のために、周囲を振り回す。……だから、現実の女は好きじゃない。


「……ありがとう」

「いえいえ、メロンどうでした? 美味しかったでしょう」

「……まあ」

「また、もらうことがあればあげますね」

「……いや、もう」

「? どうしました」


 自分のなかに隣人に対する疑心が募って、いい加減物をもらうのは止めようと思った。気まずくなっても、無視すれば良いだけだ。なにも変わらない。

 ……断りの文句を入れようとして、言葉が出てこなくなった。隣人はきょとんとした顔でこっちを見てくる。


「……いや、……なにか困ったことがあれば、知らせてくれ」

「へ?」

「……ぅ。だから、毎回もらってばかりも悪いから」

「ははは、分かりました。そういうことなら、遠慮無く頼んじゃいますから、嫌な顔しないで下さいね」

「出来ることなら……」


 つい、勝手に口がそう動いた。

 隣人はいつものごとく笑って、「また」と言って扉を閉めた。俺もなんとなく「また」と言って返した。



 それから今日のごみだしに出て、部屋に戻る途中、向かいのやつと遭遇した。


 ……この男の目は、ぶしつけで嫌いだ。こっちのことを見下している気がする。


「メロンもらったんすか?」

「……おはようございます。

 メロンですか? あぁ、メロンもらいましたよ。大きくて食い出のありそうなやつ。毎回もらえてありがたい限り」

「へー、メロン()()もらったわけか」

「おかげで昨日の夕食は豪華になりました。そちらは違ったんですか?」

「俺はメロンバーをもらった。タッパーで」


 やはり俺にだけ特別に用意してくれていたわけか。


 背中に困惑の視線が飛んできているのが分かったが、なんとなく優越感を感じたまま、部屋に戻った。













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