お隣さん
「あ、こんにちは」
「こんにちは」
帰宅して鍵を開けようとした途中で、隣の部屋に住んでいる男性が通りかかったので、声をかけた。
くたびれている様子がかわいそうだ。というか、顔がこけている。いつもこの人は疲れている気がして気の毒になった。
私の左隣の部屋は、以前は女性が住んでいたのだけど、いつの間にか引っ越ししてしまっていたみたいで、両隣とも男性になっている。
今住んでいるのは、右隣に20代後半の男性、左隣に30代ほどの男性が一人づつ。独身用のマンションなので、両隣が男性になったときは不安だったけれど、別に何の問題も起きていないし、女性だけのマンションよりも防犯的には安全かもしれないとそのまま暮らしている。どちらの人も無愛想ではあるけど、いい人なので、暮らす環境としては恵まれていると思う。
「もしよければ、メロンいりませんか? もらったんですけど、一人じゃ食べきれないので」
「メロンですか? いただけるなら、喜んで」
「良かった」
友人にあげるには数が少ないし、一人で食べるには数が多い。
そんなときに時々お裾分けをしているので、彼は慣れたように笑い、私は部屋の中へとメロンを取りに戻った。
もらったメロンの中でも大きなものを選んで渡す。
「数日すれば完熟するみたいなので、それくらいに食べちゃってくださいね」
「立派なメロンですね」
「でしょう? 食べたらすっごく美味しかったですよー」
半分一気に食べてしまうくらい美味しかった。しかし、果糖は太る。それも、体重を気にせず食べたいだけ食べてしまう欲望を抑えられなくなる禁断の果実だった。元気のないひとでも絶対食欲が湧くのは確実。メロンが苦手じゃなくて良かった。
「いつももらってばかりで申し訳ないので、これをどうぞ」
「わ、え、いただいちゃってもいいんですか?」
「ふるさと納税の返礼品なんですよ。去年期限内にギリギリでいろいろ買ったら、思ったよりも多かったんで。ぜひ、食べて下さい」
部屋の中に一度戻っていったと思ったら、上等な桐の箱に包まれたお肉を持ってきてくれた。ラッピングだけで、上等な代物だと分かる。ブランド牛っぽい。
――メロンが、お肉になった。それもかなり良いお肉だ。
テンションが上がり、微笑みが隠せなくなる。
わーははーい。
わらしべ長者ではないけど、お返しをもらうのはうれしい。つながりが深くなっていくのが分かって、暮らしが豊かになっていく気がする。私は一人が苦手だから、こうして少しでも人とのつながりを意識できる物があれば安定する。
お肉も大好きだし、ありがたやありがたや。
「……もらったお肉で冷しゃぶでもつくりますかぁ。たぶん、いけるきがする」
桐の箱の中身をそーっと覗いて、その霜の降り方に感動しながら、夕飯の献立を考えた。薄切り肉はすき焼きでも美味しそうだった。これは料理する側の腕が鳴る……。
♢
右隣の人は簡単にはメロンを受け取ってはくれない。部屋に包丁がないらしく、はじめてお裾分けに行ったときは「家に包丁無いんで、大丈夫っす」と言われた。
それから、お裾分けに行くときは調理済みのものだったり、そのまま食べられるようなものを渡すようになった。普段は迷惑そうな顔をしているけど、好みのものだったりすると、目に見えて表情が変わるのでわかりやすい。
普段無愛想な人ほど、うれしい顔をさせてみたいと思う。もうそれは昔からの癖のようなものなので、お隣さんには迷惑かもしれないけど、ついつい出向いてしまうのだ。
なんどか隣のチャイムを鳴らしたが、出てこない。今日は居ないのだろうか。
しばらく時間が経って、反応があった。眠そうな顔をしているので、もしかしたら寝ていた?
「なんすか?」
「こんにちは」
三白眼で迷惑そうにこちらを見てくるが、私が手元に何かを持っているのに気づいたのか、目線がわかりやすく緩む。っふふふ、期待している。
私の手の中には近々に冷やしたメロンバーがある。食べやすいようにカットして、割り箸を刺してあり、面倒くさい手間は一切要らない。ただ痛みやすいという欠点があるので、早く渡したかったのだ。
「これ、もらったのでお裾分けです」
「……毎回手間かかることよくしますね」
「あら、メロン要りませんでした? もしかして、嫌い?」
余計な一言を付け加えるので、渡そうとしたメロンを一度手元に戻す。手がメロンを追いかけてきている。
素直になれば良いのに。
「……いや、もらってもいいっすよ」
「はい、ぜひもらってください。私一人じゃ食べきれないので」
「そんなにあるんすか」
「一玉が大きくって。お隣さんも美味しかったって言ってました」
「……あっそ」
あ、口にする言葉間違えたかも。お隣さん同士は仲が良くないようなのだ。
わかりやすく眉間に皺が寄ったのをみて、態度は素直に出来ないのに顔には出てしまうのは生きづらいよなと思う。自分もそういうところがあるので、他人事では無かった。
「いつものように、タッパーは洗って戻してくれるとありがたいですー。足が速いので、早めに食べちゃって下さいねー」
無言でバタンとドアが閉まった。今日は失敗したけど、反応が楽しいのは彼なのだ。
大人になるとうれしさも表情に出さなくなるので――美徳というらしいけど、お裾分けには物足りない――、もう一人のお隣さんはもうちょっと態度に出してくれても良いのになーとか思ったり。
まあ、自己満足なのでもらってくれるだけありがたいのだけど。
お久しぶりでございます。
短いですが、更新。
名前はいつものごとく出さない短編方式。
登場人物は3人しかいないので、こんがらがることも無いと思いますが、読みにくかったらごめんなさい。