あー、ねむ。
ねむいねむいねむいねむいねむいねむい。
英語で言うなら、I’m so sleepy . 中国では我想睡觉。韓国語では、나는 잠을 자고 싶다。
状態値はマイナス。眠気と苦しみの中に生きる、エクストラ成人。
眠りのない生活を送ることで、眠りに憑かれている。
「…………」
フラフラとした身体で、家の中を徘徊する。
力のない足取り。片手を壁に突きながら、歩き進め、キッチンで水を飲んだ。
今、何時だ。隣人の歌が聞こえないから、まだ大した時間にはなっていない。まだ、大丈夫。
しかし、今日で徹夜3日目だ。1日は24時間、3日前の朝11時から起きているので、85時間以上目を覚ましたままだ。
死ぬほど眠い。眠いんだよ、眠い。
「ねむいねむいねむいねむい」
眠気がすぎると、気がどんどん遠のく。視界がどんどん薄らいで、闇の中の笑顔とご対面。キラキラした幾何学模様と一緒に大仏が微笑んでいる。なぜ、曼荼羅。
しかし、眠れない。仕事があるからだ。
締め切りが近い。……明日だ。原稿を抱えて、進まない展開をなんとか進めようと四苦八苦していた。
冷蔵庫から取り出したエナジードリンクを水のように飲み、栄養サプリを噛み、脳をガンギマリさせて、部屋に戻った。
そして、ただパソコンと向かい合う。
最近、編集者の電話がしつこく鳴り響き、この間驚くべきことに、マンションのドアまで叩いてきた。ホテルに缶詰だけは嫌だと居留守を使い、追い返したが、いよいよ追い詰められている。
「タイムリミットは、半日か」
音声入力で、入力のペースを上げ、文字量を稼ぐ。これのおかげで、紙に書き留めながら、資料を見直し、構成を作り直すことができるようになった。
頭の中の言葉を、口に出して再生することで、自分の中の想像力の補完にも繋がった。どうせなら、想像しただけで形にしてくれれば。
ーーいや、こんなことを考えている暇はない。
「片頬だけ、卑屈にいやらしく引き上げる。上目使いの黒々とした瞳孔が落ち窪み、」
……ダメだ、手が止まった。
構成時点では自然だと思った展開に違和感を感じて、また1万字がボツになる。一応、コピペしてボツ案として取ってはおく。
「……ふー」
集中力が落ちてきたのが、よく分かった。
パソコンの画面から目を離して、髪を撫ぜる。脂っぽい。
目がシパシパするので、下瞼付近を指で軽く抑えて上を向き、目薬を入れる。こぼれないようにそのまま目を瞑って目頭を抑えた。
そのまま上下左右に眼球を動かす。
1万する目薬だ、効いてもらわなければ困ると、しばらく目を瞑り続けた。しかし、薬で誤魔化せる範囲も限界のようだった。
「……寝るか?」
寝れるか?
しかし、そうなると確実に落とす予感があった。15分だけの仮眠で満足できる状態ではない。作業効率に効果的とされるパワーナップもこうなると無意味である。
過集中が続けられるうちに、仕事は終わらせなければいけなかった。が、……後悔はしていない。あの出来は世に出せない。
落稿の先にあるのは、締め切り先延ばしの地獄だけ。その皺寄せは、いつか自分に返ってくる。
……思考が回転しない。散乱する。
「感情に左右され、ロゴスも無ければ、パトスも失う羽目になるのはごめん被る」
一旦休憩して、タバコでも吸うかとベランダに出ると、ちょうど隣人の歌が聞こえた。
流行りの曲から、うろ覚えのクラッシック。鼻歌は途切れ途切れに。
スタッカートが激しく、ノリノリで歌っているのが想像出来た。いつも機嫌が良いのは、羨ましいことだ。
「……妻がいた時は、まだ良かったな」
『訪れる困難を、彼は対岸の火事から見守っていた。
劣悪なる見物客は、やがて当事者となり身を滅ぼすのが常なのだから、ナタを振り下ろすものは私でなくとも良かったのだ。
ゆえに、私は何も知らない。知りたくもない』
主人公のモノローグを描き終え、最終チェックをする。
誤字を直して、接続詞を書き直す。
ーーなんとか、完成まで持っていった。
推敲は2、3度、最低限に済まし、送信した。そして、編集者に連絡する。真夜中だが、彼らはここからが戦争だ。
「ギリギリになってしまい、申し訳ありません。ただいま原稿を送信いたしましたので、確認お願いします」
「ありがとうございます。いやー、先生は落稿はしないと重々承知しておりましたが、今回はあまりにもギリギリだったので、万が一があるんじゃないかと心配してましたよ。……はい、無事原稿の受け取り確認しました。
あと、次はなるべく居留守はしていただかない方向でまた、ご相談しましょうか」
「ははは、心配御無用です。僕やるべき時はやりますから。あと、居留守はしていません」
「はい、信頼してます。ですが、連絡が取れなくなるのはですねー」
「寝てないので、寝ます」
無理やり切った。彼らも他の仕事がある、無駄話はよそうという心遣いである。
裁量が任されるほどには、付き合いもあった。
パソコンをシャットダウンした。
ベッドに倒れ込み、脳裏の曼荼羅の世界に飛び込む。
そのまま、記憶が消えた。夢は見なかった。
「ゴミ出し!!!」
何時間か寝ただろうか、突然反射的に目が覚めた。
何月も逃したゴミ出しの日だと、そのまま下に走る。
ゴミ出しには間に合ったが、二つ隣の男と目が合い、目が蔑みに歪んだのに気付いた。
「あー、きしょ。最悪」
声にならない声で、そう呟いたのがわかる。
嫌な気分になり、そのまま部屋に戻った。自転車暴走野郎に、朝から悪態を吐かれる。
ダンダンと足を踏み鳴らして、部屋に戻った。そのままスマホで、スケジュールを開いて……。
「今日は……打ち合わせだ!!」
一日ズレていた。……寝ないとこうなる。
眠りに憑かれた仕事成人のお話、楽しんでいただけましたか?
次の話は、1話目の隣人のお話に戻ります。
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