むしゃくしゃした時には。
――目を覚ました。
スマホを手に取ろうと、周りを探すが、見つからない。中途半端な眠気に身体を起こす気にならない。ごろんごろんと寝返りを打ち、身体を丸めて、二度寝する。
そしてまた、ハッと目が覚めた。小窓からこぼれる光が、大分時間が経っていることを示していた。
「……いま、何時だ」
壁とベッドの隙間に、スマホがはまっていたので、ベッドを動かして時間を確認する。
――――11時。
昨日飲みから帰ってきて、ゲームをして、寝たのが4時頃。まあ眠った方だろう。
スマホを手に取り、SNSを開く。discoにギルドリーダーから連絡が来ていたので、返信する。
×の方ではDMに迷惑な勧誘と営業があったのみ。Lineにはまあまあ嫌な母親からの連絡が来ていた。どうせ見合いか何かの話だ。
「…………」
面倒くさくて、起き上がる気になれない。
また、ごろんごろんスマホを持ちながら、ベッドの端から端まで転がる。
そのまま、いつのまにか12時になっていた。カップラーメンでも作ろうと、お湯を沸かす。
カップラーメンは生麺系のものが好きだ。もちもちとした食感と、濃厚なスープのものが好みである。
ネットで箱買いして、ためてある。キャンペーン時に買うと、得だ。山のように積み上がっているカップラーメン、その横のプロテイン。眺めていると気分が良い。
「三分三分」
火薬を適当に放り込み、お湯を基準より少なめに入れる。その方がスープが濃くなるからだ。
タイマーが鳴ったのを確認し、割り箸で麺をほぐして、啜る。生麺系のカップラーメンは、麺にスープが良く絡んで、口に頬張った瞬間から旨さがガツンとくる。しばらくズズズッとすすり続ける。
そこに一味唐辛子を入れる。付属の唐辛子を貯めて一気にかけるのが好きだ。
カップ麺ばかり食べていると飽きないのとかよく言われるのだが、ちょっと調べてみたら色んなアレンジが出てくるし、そもそもカップ麺の種類は雄大である。夢があると思う。
あっという間に食べ終わる。
それでも小腹が空いている気がするので、つまみとして買っていたピーナッツを食べる。
酒が飲みたいなぁ……。冷蔵庫をゴソゴソするが、あいにくビールは切れていた。
焼酎……ウォッカ、テキーラ、梅酒の瓶が目に入る。ちゃんぽんして飲んだ記憶を思い出し、やめておこうと手を止めた。昨日もしこたま飲んだので、さすがにカロリーが心配だった。
筋トレをどれだけしようと、食べてしまえば一瞬だ。デブにはなりたくない。
「……身体がベタベタするな。風呂入るか」
さっとシャワーを済ませて出てきてみれば、母親からの鬼連。スマホに履歴が山のように残っている。このまま無視し続けていれば、いずれわざわざ訪れてくるに違いない。仕方なく連絡を入れる。
「あぁ!? 黙れよ、結婚結婚ってうるせえな。今時古いんだよ。世の中フリーのやつの方が多いっつーの。今の時代は結婚するもしないも自由なんだよ、分かる? 独り身の方がどれだけ身軽か。結婚するのは俺なわけ。とんでもない女つかまされて親父みたいに苦労したくねーんだよ」
電話してみれば、案の定見合いの話だった。最近は耳が痛いほど聞いている気がする。
母親の怒鳴り声にスマホから耳を離す。面倒くさい。
結婚なんて良いイメージがない。夫が外で家であくせく働いているうちに、好き勝手にエステだの、着物だの華道だの、道楽に手を出して遊んでいるような妻。それでいて自分は我慢していると言い募るのだ。
少しぐらいかわいげがあれば良いものだが、偉そうな母親に苦しんでいる父親を見せられてきた俺にとっては、結婚は地雷である。特に派手好きで、良い格好したがりの見栄っ張りな母親が紹介してくるような人間なんて想像するだけ吐き気がしそうだ。
俺の理想は、何も言わずに俺を横で支えてくれるような甲斐甲斐しい女なんだ。化粧が厚い女は中身まで分厚そうで無理。ちゃらちゃら話しかけてくるタイプも嫌だ。
例えば、朝は優しく俺を起こしてくれて、料理上手で、挨拶もハキハキしてくれるような……なんとなく頭の中で思い浮かんだものを振り払いながら、母親に言い返す。
「とにかく見合いなんて用意されても絶対行かないから。そんなに子どもに結婚させたいんだったら、今からもう一人子どもでも持ったらどうだ? あんたの理想通りに動いてくれるような子どもをよ。ま、親父に相手にされてない今のあんたじゃ無理かもな」
若い頃、好き勝手にやり過ぎて親父に不倫されてるような母親だ。自慢の美貌も年を取れば一緒なんだよ、バカめ。
つんざくようなわめき声とともに電話が切れた。なにがあんたみたいなやつが、私の言うことに逆らってまともに生きていけるもんかだって。あんたがいるから、こんな風なんだよ。
これで懲りて電話をかけてこなくなればいいが、そんなかわいげのある親ではないか。
「ほんとあんな母親さえいなけりゃ……」
結婚結婚言ってるのも半分嫌がらせだ。言うことを聞かない俺が嫌がりそうなことを選んで、無意識にやってるんだ。ああいうのを毒親と呼ぶ。結婚したらしたで死ぬほど干渉してくるはずだ。
どうにかして縁を切りたいと思っている。……が、あの母親は業界に顔が広い。何をしてもあの母親の影がちらつく。いっそのこと全く違う職種に就けば良かったと思うものの、伝手まで借りているものだから、縁を切れないのだ。
完全に自分だけの力で生きていけると思ったときに縁を切りたい。でも、それが出来る日が来るかはわからない。
どうしたいかという未来像があるわけでもなく、ただあの母親に逆らいたい気持ちばかりが先をいく。でも、俺が悪いわけじゃ無い。あんな母親がいれば誰だってこうなるはずだ。
「……くっそ!」
むしゃくしゃして、壁を殴った。
――ドン、ドンドン!!!!
重く響く音。手が痛くなるほど殴って、冷静になった。
「なにしてんだろうな」
せっかくの休みに母親と喧嘩して壁殴り。笑えるな。
「ゲームしよう」
ゲーム機を手に取り、無双系のゲームをプレイすることにした。スカッとしたくなったから。
コマンドを打ち込み、ひたすら殴る蹴る。必殺技をキメては、声を上げる。
でも、何か足りない。
ピンポーン。そこで音がした、
「……?」
誰だ? 配達か? 何も頼んだ覚えはなかった。
インターホンがまた鳴らされる。仕方なく出ることにした。
「すごい音がしたから、気になりまして、何かありましたか?」
そこにいたのは、隣人の偉そうな男だった。いつもスカしてる気がして気に食わない。
「……あんた、ゲームできる?」
書いていてここまで結婚出来なそうな男もいない……




