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短編小説集

短編小説②

作者: 943
掲載日:2022/10/05

【テーマ】風船

 俺はある遊園地で風船配りのバイトをしていた。


「おはようございまーす」


「おはよー、今日はヒーローショーあるから結構お客さん多いかも。よろしくね」


 先輩と入れ違いに更衣室に入る。


「了解です」


 表には出さなかったが内心、顔をしかめていた。

 子供は苦手だ。それなのになぜ、こんなバイトをしているのか。単純に時給が高いのである。


 ロッカーに荷物を置き、少しスマホを眺めてからのろのろと準備に動き出す。

 ヒーローが戦闘服に袖を通すように、俺もピンク色の戦闘服に変身する。

 カチリと脳が切り替わる音がする。それとも、感情を消すスイッチなのか。

 自分で思ってからなんだかむず痒くなってくる。

 俺はそんな気恥ずかしさを押さえつけるように頭に被った。


 ふと身だしなみのために設置されている姿見の存在に気づく。

 鏡に映る猫背のウサギはとても人間らしかった。

 ウサギの皮を被った人間。

 当たり前の感想が沸き上がる。

 だがこのままでは怒られてしまう。こんな人間臭いウサギが世にでてしまえば、子供たちの夢を壊してしまうだろう。


 鏡に向き合い、試しにしゃんと背筋を伸ばしてみる。

 直立不動のウサギが出来た。

 これは違う。もっと柔らかく、親しみやすい感じで......。

 左足の踵を床につけて、両手を顔の高さで開く。最後に身体を少し左に傾ければ完成だ。

 なかなかの出来ではないだろうか。これなら子供たちも近づきやすいだろう。


 またもとの猫背に戻る。

 鏡に映るウサギは両耳が垂れ、口を半開きにしていた。極めつけはハイライトのない真っ黒な瞳だ。なんだか人生に疲れ、くたびれたウサギのように見えた。こんな風に感じてしまうのは、俺が大人になってしまったからなのか......。



 最初に先輩が言っていた通り、今日は大盛況だ。開園一時間もたたずに俺の周りには風船をねだる子供たちで溢れかえっていた。

 熊の着ぐるみを着た先輩が慣れた手つきで風船を配っていく。


『痛っ、クソ。蹴りやがったな』


 蹴られたところをみると、してやったり顔の男の子たちが声をあげながら退散する。


 それからも子供たちからのちょうだいコールをさばいていると、後ろの方で睨みつけるように鋭い視線を送る女の子がいた。


 ストレートの黒髪を腰まで伸ばしたその子は、うっとうしそうに片手で髪を払い、腕を組む。

 背丈からみて低学年ぐらいのようにみえた。


 風船がほしいのだろうか。でもこの輪の中に入っていくのは抵抗がある的な。

 わかる、わかるぞ。その気持ち。俺も同じくらいの頃はそんな感じだったさ。

 俺から渡しに行ってもいいが、まずは周りの子供たちに配らねば。


 彼女は俺が子供たちに風船を配り終えるまで、時折そわそわと周りを見ながらもずっと待っていた。

 最後の男の子が大事そうに風船を持って親のもとへ走っていく。


 さて、あの子は......いた。

 両親に風船を自慢げに見せている男の子をじっと見つめていた。

 俺はそんな女の子に近づき、風船を渡そうとする。

 すると、女の子はキッと強く睨み、吠えるように言った。


「いらないわよ!そんなの!!」


 高めの声と身長も相まって、一瞬、小型犬がキャンキャン吠えている幻覚がみえた。

 そう吠えるわりにはその場から動かない。

 ちらちらと色とりどりの風船に目を奪われる、それに気づいて悔しそうに下を向く女の子。


 ふむ、どうしたものか。

 多分、このまま渡すだけではもらってくれない。何か理由をつければもらってくれるか?


 俺は理由を考え、声に出そうとしてある問題に気づく。


 着ぐるみは喋っていいのか?


 今考えるべきことではないことはわかるが、喉に引っかかった小骨のようにチクチクと刺激した。

 どうなのだろう。ケースバイケースか?いや、しかし子供の夢を壊すわけには。


 女の子はまったく動かない俺に不審感を覚え始めていた。

 それから何分過ぎただろう。俺は意を決して大勝負に出た。

 風船を持ってない方の手で握り拳を作り、女の子に突き出す。


「え、なに?」


『伝わってくれ!!』


 意図がわからず、はてなを浮かべる女の子に向けて、俺は何度もリズムをつけながら拳を突き出した。


「......じゃんけんするの?」


『ナイスッ!!!』


 俺は被り物がずれるくらい頭を縦に振る。

 必死な俺の様子に少し心を開いてくれたのか、じゃんけんにのってくれた。


 さあ、ここからが勝負だ俺。ぐっと拳に力をいれる。

 俺の作戦はこうだ。

 まず女の子とじゃんけんをする。

 ここで重要なのは俺が絶対に勝ってはいけない、ということだ。

 勝ってしまうと風船を受け取ってもらう確率が著しく下がる。

 参加賞としてあげるという選択肢も浮かんだが、プライドの高そうなあの子のことだ、受け取ってはもらえないだろう。


 だから、俺に勝ちは許されない。俺が目指すのは敗けのみ。

 幸い、俺はめっぽうじゃんけんに弱く、小学校の頃行われたじゃんけん大会にて最弱王の名を不本意ながら手にしていた。

 ここでその名前が自信に繋がるなんて、人生なにが起こるかわからない。


 女の子は唸りながら出す手を真剣に考えていた。

 この着ぐるみだとチョキはできないから、俺の選択肢はグーかパーになる。だからパーを出せばよくて勝ち、悪くても引き分けに持ち込める。

 だが、俺は女の子はチョキを出すと確信していた。引き分けなんて中途半端なことは嫌いなはずだ。


「いくよ?」


(コクッ)『ばっちこい』


「さーいしょーはグー!」


 両者、同じタイミングで拳を突き出す。


「じゃんけん、ポン!」


 女の子はチョキ、俺はパーをだした。

 俺はがっくりと肩を落とす演技を見せる。内心、ガッツポーズで雄叫びをあげていた。


「やったああ!!」


 女の子は年相応な笑顔を見せて、その場で跳び跳ねて喜ぶ。

 いつもはうるさいと感じる子供の笑い声もこの時だけは心地よく耳に届いた。

 俺は機嫌よく笑う女の子に目線を合わせて、景品の風船を差し出す。

 女の子はようやく急に始まったじゃんけんの意図を理解したのか、顔を赤らめながら差し出された風船を受け取った。

 そのまま全速力でどこかへ走り去ってしまった。

 俺はすっきりとした気持ちで休憩場所へ向かった。



 その後も子供たちからの人気は衰えることはなく、バイトが終わるまで子供たちに囲まれながら風船を配りまくった。

 日も傾き始めたバイトの帰り道。

 凝り固まった肩をほぐしながら歩く。


「ウサギさん!」


 ドキッと俺の心臓が痛いくらい跳ねた。俺じゃないと思いながらも、声が聞こえた方に振り向く。

 そこには俺があげた赤い風船を持った黒髪の女の子と、その隣に見覚えのある顔の男が立っていた。

 あの人は、確か......。


「社長!?」


「お仕事、お疲れ様。うちの娘が世話になったみたいだね、ありがとう」


 この遊園地の社長は、柔らかく笑いながら俺に労いの言葉をかけた。


「娘が君に言いたいことがあるみたいだ」


 女の子は社長の後ろに隠れて出てこない。

 社長はそんな女の子の背中をそっと押し、不安そうな顔に一つゆっくりと頷いた。

 女の子は一歩前に出て、小さな声で俺に言う。


「風船、ありがとう。お礼、言えてなかったから」


 俺はあの時のようにしゃがんで微笑む。


「どういたしまして」


 花が咲いたように明るくなった笑顔に俺もつられて笑った。


「また、じゃんけんしようね!」


 約束っ、と小指を俺に向けてくる。

 俺は自分の小指を絡め、一緒にあの歌を歌う。


「「ゆーびきーりげーんまん。うーそつーいたら、はーりせんぼん、のーます」」


「「ゆーびきった!!」」


 俺たちの笑い声は茜色の空に吸い込まれるように消えていった。

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