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第九話 腐女子、考える

 皇后の居室を後にしたブリュンヒルデは亡霊のような足取りでとぼとぼと歩いた。侍女のレナは主人を気遣い、ふらつく足が絡まりはしないかと心配した。

 やっとのことで公爵邸に戻り、夕食や着替えをすましたブリュンヒルデは人払いをした。羊皮紙とペンを持ち、皇后に出された条件と自分の目的をまとめた。


「エミリオとヴォルフラムをくっつけるのは最終目標にして至上命題、問題は私がヴォルフラムに認められないと婚約者の座をどこの馬の骨と分からん奴に奪われる……これだけは絶対に避けなきゃいけない」

 自分が婚約者なのも我慢がならないのに余人がそのポジションについたら発狂する自信がある。


「ただ、今の時期ってたしかヴォルフラムがブリュンヒルデを徹底的に避けているのよね。好感度を上げるにしてもまず会うことから始めなきゃなあ……」

 ブリュンヒルデは頭を抱えた。


 悪役令嬢ブリュンヒルデは皇太子ヴォルフラムを執拗に追いかけまわし、彼と関わった女官に難癖をつけた。取り柄は家柄と美貌だけだが、それを凌駕する性格の悪さに皇太子はすっかり愛想をつかしたのだ。

 というか、まともな人間なら近づこうともしないだろう。


「うーん。なにか手柄を立ててヴォルフラムに見直してもらうのがいいんだけど、そもそも手柄になりそうな案が見つからない。しかもヴォルフラムの周囲はチート級の攻略キャラが勢ぞろいしているから手助けするとかの口実が使えないんだよな」

 軍事方面は騎士団長の息子、ブレーンは宰相の息子、相談役はエミリオ。それでなくても優秀な人材が固まっているのに、ド素人の出る幕などない。むしろ邪魔だ。


「か、考えろ考えるんだ!! 男性に好意を持ってもらう方法を!!」

 ブリュンヒルデは必死に考えた。前世、常にもてまくってた友人を思い出す。『にこって笑ったら好きになってくれるよ』とBLネタにしようと尋ねた私に彼女はそう答えた。その言葉をもとに、ヴォルフラムの笑顔に一目ぼれした設定のエミヴォル小説を書いた。

 あれはかなり好評だった。


 だがこの手は使えない。ブリュンヒルデは絶世の美女だが、ヴォルフラムは彼女のアタックをすべてスルーし続けたことから、外面より中身重視の人間なのだ。


「んーっと、他に覚えているのは、男の人は面倒くさい女の子が好き……ただし、女と男の『面倒くさい』は大いに異なるんだっけ。あと、素直に感情表現をするのがベスト……」

 友人の言葉を思い出しながらブリュンヒルデはあることに気が付く。


「ブリュンヒルデ全部コンプリートしてるじゃん!! ブリュンヒルデめっちゃ面倒くさいし感情表現バリバリするし!!」

 ブリュンヒルデは友人の言葉が何一つ使えないと悟った。結局、モテる奴は何をしてもモテ、そうでない奴はそのままなのだ。


「くぅ~頭が!頭が爆発しそうっ!! こういうときは糖分が必要だわ。なんか手軽に食べられる補給食が欲しいわね。たしかミックスナッツと小麦粉で作るんだったっけ……」

 前世で修羅場中に食べた物体を思い出す。欲を言えば炭酸系のエナジードリンクが欲しいが、そんなもんどうやって作るか知らん。古代ローマ人はリンゴ酢で作ったエナジードリンクを飲んでいたらしいが、効くのだろうか。個人的にタウリンが欲しい。

 ブリュンヒルデは呼び鈴を鳴らし、メイドを呼んだ。

「オートミールとナッツとドライフルーツとハチミツがたっぷり入ったクッキーをお願い。片手で食べられるようにスティックにしてね。それとリンゴ酢に蜂蜜とレモン汁を入れて水で割ったものを持ってきて」

 メイドはシェフにブリュンヒルデの言葉を伝えた。

「お嬢様はいつも奇抜なものを依頼してくるな。しかし、俺はプロだ。お嬢様が望むのならなんだって作ってやるぜ」

 力んだ彼はブリュンヒルデの要望通り、スティックタイプのクッキーを作った。

「今まで見たクッキーとだいぶ違いますね。けっこうゴツゴツした感じですわ」

「だが、味はいいはずだ。お前さんも食べてみると良い」

 出来立てのクッキーを頬張った二人はあることに気が付いた。

「部位によって食感が違っていろんな味が合わさって口の中がとても楽しいです」

「そうだな。それにこれ一つでかなり満腹になる。片手で食べられるし、忙しい時の栄養補給に持って来いだ。大目に作ったからメイド仲間にも持っていくといい」

「助かりますわ! 忙しい朝は食事をする時間も中々とれませんから、皆も喜びます!」

「そりゃあ良かった。こっちのドリンクもいいぞ。体にスーっと溶けていくようで、疲れがふっと飛んじまった。にしても、こんなものを考えつくなんてお嬢様は天才だな!」

 シェフは感嘆しながらブリュンヒルデ用に盛り付けた皿をワゴンに置いた。

「ええ本当にね」

 メイドはにこにこと微笑みながらワゴンを押し、ブリュンヒルデに届けた。


 ブリュンヒルデは糖分補給をして無い知恵を絞り出し、ようやく一つだけ案を出した。

「しょうがない。食べ物で釣ろう。幸い私は前世の記憶があるから、珍しいお菓子を持っていって外堀から埋めてってやる」

 平たく言うと女官や侍従にお菓子と言う賄賂を渡し、周囲から好感度を上げていく作戦だ。


「まずは何のお菓子を持っていこうかしら」

 食べたいお菓子を思い浮かべると、大手企業のベストセラーが思い当たる。ポテチ、チョコレートコーティング菓子、おもちゃのおまけ菓子。だが手作りとなると難しい。


「皇太子が食べたことがないようなお菓子がいいわね。洋菓子は食べ慣れているだろうから……和菓子とか?! 食感も見た目も初めてだろうし」

 ブリュンヒルデは名案を思い付いたと気分が高揚したが、いかんせん材料問題にぶち当たった。さらに言うとブリュンヒルデの作れるお菓子はミックス粉から作るものがせいぜい。ブリュンヒルデは前世の美味しい生活は企業努力によって成り立っているんだなと実感した。

「お菓子一つにしてもそこには膨大な研究期間と社員の苦労があるのよね。企業のモノづくりへの情熱にほんっと頭が下がるわ……」

 ブリュンヒルデが手を合わせて各企業に感謝の念を贈る。

 

 さんざん悩んだブリュンヒルデはロクな案も出せないまま疲れ切って寝た。



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