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カプ固定過激派の腐女子、悪役令嬢に転生する。  作者: りったん


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第八十五話 公爵家にて

 青く晴れ渡った空の下、ホルンベルガー公爵家のタウンハウスの前。

 馬車から降りたブリュンヒルデは出迎えてくれた父母の腕に強く抱きしめられていた。明け方、デンベラを出たブリュンヒルデが着いたのは昼も過ぎたころだったが、先触れから話を聞いた父母たちは、暑い中、今か今かと首を長くして玄関前で待っていた。

 マルガレーテはぼろぼろと涙を流しながら娘の金髪を優しく撫でつけ、白い頬に祝福するように口づけを落とした。ディートリッヒは今にも崩れそうな母娘を支えながら、目を赤くして泣きたいのをぐっとこらえていた。

 しかし、送り届けてくれた皇太子一行の存在を思い出すと、張り付けただけの笑顔と義務的でしかない礼を捧げ、娘の体調を理由に引き取りを願った。

「皇太子殿下に置かれましてはまことに申し訳ありませんが、何分立て込んでおりまして、十分なおもてなしもできません。どうか、ご容赦のほどを」

 人生経験の差からくる威圧感にヴォルフラムは圧倒され、ブリュンヒルデへを気遣う言葉を残し、大人しく引き下がった。

「ああ、殿下。娘の盟友、クララ・メルベートはこちらで手厚く庇護いたします。なにしろ、薔薇の騎士二名は我が娘と専属護衛騎士のヘルモルト。どのような輩が彼女を狙うかもわかりませんからな」

「わ、わかった。よろしく頼む」

 ヴォルフラムはディートリッヒの言葉をのみ、緊張して真っ青になっているクララと屋敷に戻れて安堵しているヘルモルトを残した。ディートリッヒの思惑は、もう一つある。

(クララ嬢をエサに宮殿に招かれでもしたら断わりにくくなる。私の可愛いブリュンヒルデをさんざん危ない目に合わせおって、もう二度と皇宮なんかにはいかせん!!)

 ディートリッヒは腹の中でそう決意していた。


 ヴォルフラムの付き添いにエルンストがいたのなら、もうちょっと上手い立ち回りができたかもしれないが、あいにく彼は仕事が大量にたまっており、王都についたとたん、補佐官たちに皇宮へ連れ去られてしまっていた。

 結果、ヴォルフラムはやすやすとブリュンヒルデと引き裂かれてしまったのである。



 推しの恋心など知る由もないブリュンヒルデは、久しぶりの実家を堪能していた。使用人たちと涙ながらの抱擁を交わし、クララを紹介した。

「彼女のおかげで私は助かったの。皆、よろしく頼むわね」

「はい、心得ております。クララさま、薔薇の乙女として覚醒成されたこと。まことにお慶び申し上げます」

 マルティア夫人がクララに頭を下げ、慈愛の笑顔で彼女を称えた。気品ある夫人にそんなことをされてクララはひどく狼狽した。

「あ、あの。わ、わたし。平民ですっ!! えと、頭を下げるなんてそんな……!! えと、皿洗いとか、土いじりは得意です! 厨房かお庭に置いてくださいっ!!」

 混乱したクララは、まるで就職の面接のような受け答えをして一同の目を丸くさせた。

「クララ、あなたは薔薇の乙女。それでなくても、私を助けてくれた大恩人。ゆっくり過ごしてちょうだいな」

「そ、そんなっ。恐れ多いですよ。それに私、ずーっと寝ていただけですしっ!!」

 クララはぶんぶんと首を振るが、ゲンドルの異変は彼女の功績である。さらに、ブリュンヒルデの失態により、瀕死の重傷を負ったヘルモルトを治癒してくれたのも彼女。クララがいなければ、本当にどうなっていたかわからない。


「私の突然の拉致にも抗うことなくついて来てくれたわ。どんなに心強かったか……今の私があるのはあなたのおかげなの」

 ブリュンヒルデはクララの手を取り、思いの丈を切々と訴えた。憧れのブリュンヒルデからそこまで言われてクララはもはや断る言葉を見つけられないでいた。

「わ、わかりました。で、ですが、どうかお役目を下さいっ!! ブリュンヒルデの様のお役に立ちたいんです!!」

 クララはせめてなにかさせて欲しいと言い出した。とはいっても、公爵家の人手は足りている。ブリュンヒルデとしては苦労したクララに安住の地を提供し、日がな一日好きに過ごして、もちろん引きこもっても構わないつもりでした。

 どうしよう、と考えるブリュンヒルデにマルティア夫人が助け舟を出した。

「お嬢様。東の温室の世話をお願いしてはどうでしょう? 種々の薔薇が用意してございますので、世話のしがいもございますわ」

 『薔薇』の言葉にクララは嬉々とした。

「ぜひやりたいです!! 薔薇、大好きなんです!!」

 キラキラと目を輝かせるクララにブリュンヒルデがノーを突き付けるはずもなく、クララは東の温室の管理人補佐となった。もともとの世話役のヴィルター爺さんに案内されながらクララは色とりどりの薔薇に浮かれてはしゃぎまわった。


 クララの可愛い行動を見て満足したブリュンヒルデは次の手を打った。番犬のように付き従っている、黒髪の騎士を振り仰ぐ。

「ヘルモルト。お父様に頼んであなたをクララの専属護衛にしたわ。いついかなるときも傍を離れないようにね」

「しかし、お嬢様の護衛はどうされるおつもりですか。お嬢様を狙うよからぬ輩がいるとも限りません」

「大丈夫よ。わたくしだって薔薇の騎士ですもの。それに、これは命令よ。絶対に聞きなさい」

 ブリュンヒルデはいつにない厳しい口調で言った。ヘルモルトはそこまでブリュンヒルデがクララを大事に思っているのかと感じ入り、決意を新たにした顔で頷いた。


(……これで二人も自覚するかな?)

 ブリュンヒルデの思惑は無自覚両片思いの二人の恋が花開くためのものである。

 鈍感同士がくっつくのはいつになるかなあとワクワクしながら、ブリュンヒルデは温室を後にして暫くぶりの自室に戻り、あくびを一つあげたあと、すぐに眠りに落ちた。


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