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カプ固定過激派の腐女子、悪役令嬢に転生する。  作者: りったん


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第八十一話 それまでのこと

 クララの奇跡が起こるずいぶんと前、帝都は嵐が巻き起こっていた。言葉と言う大雨が場所を選ばず降り注ぎ、噂という嵐が宮殿の厨房から、下町の路地裏まで吹き荒れた。


 発端は、悪名名高いホルンベルガー公爵令嬢の『ケルシャ焼き討ち』だ。公爵家専属の騎士が自ら出頭し、自分の罪だと自白したが、身代わりにされたのは明らかだ。なぜなら、ホルンベルガー公爵令嬢は悪辣で非道な女なので、それくらいのことはやってのける。

「本当に恐ろしい所にあなたはいたのね」

 品のいい老婆は目元にハンカチを当てながら、未来の孫嫁となる心清らかな女性を見る。

「……もう過ぎたことですわ。でも、おかげで奥様に出会えましたもの」

 新しくあつらえたドレスを纏い、可憐な顔で女は微笑む。いじらしい表情に老婆はこの子を絶対に守ってやらなければと強く思う。

「ギュンター。ユリアを守って頂戴ね。あの悪辣な女が、ユリアをまたいじめるかもしれないわ」

「ええ、わかっておりますとも、おばあ様。ご心配には及びません。僕の友人もユリアを気にしていますし、街の皆は彼女の味方です」

 ギュンターと呼ばれた若い貴族はユリアの肩を抱き寄せて尊敬する祖母に宣言した。孫の頼もしい言葉に祖母、アントニアは嬉しそうに微笑んだ。

「それなら安心だわ。ああ、でもどうにもならなくなったら相談なさいね。うちは伯爵家ですけれど、皇帝陛下の信任篤いレーブライン侯爵家の傘下、ホルンベルガー公爵家とはいえそうやすやすと手は出せないわ」

 アントニアは自慢げに孫たちに言った。

「もしものときは頼りにしています。おばあ様」

「……嬉しいですわ。本当にわたくしは幸せ者です」

 ユリアの瞳が潤む。

「ユリア、これからは幸せになるのよ。いいえ、あなたは絶対に幸せにならなければだめ、これまでとても辛い暮らしをしていたのだから」

 アントニアはそう言ってユリアを抱きしめた。

 ギュンターとアントニアから死角になった表情はまるで毒蛇のような、気味の悪い笑みを浮かべていた。



 ホルンベルガー公爵家で侍女として働いていた彼女は、息女ブリュンヒルデを陥れて自分がその地位にとって代わろうと様々な手を使ってブリュンヒルデを孤立させた。公爵夫妻と仲たがいさせ、使用人から恐れられて嫌われ、社交界で友人を作らせず、すべてを敵だと教え込んだ。

 しかし、ある日突然、ユリアの策略は崩れ去り、ユリアは公爵家から叩き出されてしまったのである。

(あの屈辱、絶対に忘れないわ!! あの女が変なことしなければ今も私は公爵家を追い出されることもなく、こんな伯爵家のボンクラ男に媚びを売る必要もないっていうのに!!)

 路頭に迷ったユリアは、人の好さそうな男に付け入り、金を巻き上げて使えなくなったら捨てるという行為を繰り返し、ようやくたどり着いたのが、オルシャル伯爵家の嫡男、ギュンターだった。猫っ毛の黒髪、グレーの瞳、そばかすの残る頬。美男ではなかったが、人の好さそうな顔つきだった。

 最初はメイドとして働き、いじめられたと嘘をついて古株や気に入らない女を追い出し、使用人を味方につけ、アントニアのお気に入りの座についたのである。


 ユリアは詐欺師の才能があった。純粋そうな見た目と柔らかい語り口は人の警戒心を解き、守ってやりたい衝動に駆られてしまう。気さくなギュンターは街に知り合いがたくさんおり、ユリアはその人たちに取り入っていかにブリュンヒルデが悪辣かを泣いて語っていた。

(ふふん、街の皆は私の味方よ。私を追い出したホルンベルガーに復讐してやるわ!!)

 

 ケルシャの焼き討ちはユリアにとってまさに追い風だった。いかにブリュンヒルデが非道な女かを語るきっかけになり、ユリアへの同情は日増しに膨れ上がった。


 魔獣の恐ろしさが白日の下にさらされ、ブリュンヒルデが『薔薇の乙女』であるとの一報が帝都に届いたときも、ユリアの基盤は揺るがなかった。

「ブリュンヒルデ様は……そこまで落ちぶれてしまったのですね」

 ブリュンヒルデを非難するのではなく、あくまで彼女に同情する体を装ってユリアが泣くとギュンターとアントニアはあっさりとユリアに傾倒し、

「薔薇の乙女を騙るなんて恐ろしい!! 安心してちょうだい。レーブライン侯爵様はそんな所業を許すお方ではないわ」

 アントニアは安心させるようにユリアに言った。


 アントニアの言葉通り、国を真っ二つに割れる論争はレーブラインに裁可を任され、直々にブリュンヒルデを問いただすことになった。


 ユリアはブリュンヒルデの嘘が白日の下にさらされ、糾弾されることを今か今かと待った。

 レーブライン侯爵が帝都を立って四日過ぎたころ、ユリアに元へ客人が来た。


 「ユリア、レーブライン侯爵様の使者がお見えよ」

 アントニアが喜色を浮かべてユリアを呼びに来た。ユリアは笑みを隠し切れないまま、急いで応接間に向かった。

(レーブライン侯爵様がお呼びだなんて一体何かしら? ブリュンヒルデにいじめられた私を憐れんで下さったのかしら? ああ、これはチャンスよ。伯爵家なんてちんけな家よりも侯爵家の方がずっといいわ)

 ユリアは期待に胸を膨らませた。



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