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第七十九話 目覚めた少女


 デンベラの門にぼろぼろになったヴォルフラムが到着した。鳥の一撃目の攻撃で直撃は免れたものの、細かな一礫が彼を容赦なく襲い、土と砂にまみれ、白い肌は切り裂かれて血が滲んでいた。

 だが、ヴォルフラムの表情は明るく、迎えに出ていたブリュンヒルデに向けて誇らしげな笑みを浮かべた。

「ブリュンヒルデ! お前のおかげで助かった。まさにお前はこの国の守り神だ」

 死を覚悟したヴォルフラムの心からの賛辞だった。

 感動を冷めやらないまま、ヴォルフラムは馬から降りてブリュンヒルデの下へ駆けた。

「殿下、お怪我をなさっているのですね」

 ブリュンヒルデは血と泥で汚れたヴォルフラムを見て辛そうに眉を歪めた。推しの痛々しい姿は見て居られなかったのだ。

「かすり傷だ。それよりも、これをお前に捧げる」

 ヴォルフラムは革袋に隠した薔薇を取り出し、ブリュンヒルデに渡した。クララに渡すべきなのはヴォルフラムも理解していたが、この国で薔薇はとても重要な意味を持つため、どうしてもブリュンヒルデに渡したかった。


 青い瞳の真剣な眼差しがブリュンヒルデに注がれる。傷だらけでも、血が滲んでいても、ヴォルフラムの美貌は損なわれることはなかった。

 そしてそのシチュエーションはブリュンヒルデの思考を遥か彼方へ飛躍させた。

(お、推し、尊い……!! 相手がエミリオだったらもっと最高……!!)

 腐ったブリュンヒルデは脳内で再合成した。ヴォルフラムが真剣な目でエミリオを見つめ、薔薇を捧げるのである。しかし、その瞬間、ブリュンヒルデは我に返った。その設定だと逆カプである。カプ固定派にとって逆カプは地雷だ。

 ブリュンヒルデはさっと顔を反らし、薔薇を片手で受け取った。


「無理なお願いを聞いてくださりありがとうございました。クララに渡しますわ」

 そう言い残し、ブリュンヒルデは踵を返し、後方で待つクララに駆け寄った。

 ヴォルフラムは背を向けたブリュンヒルデに顔を曇らせたが、傷心に浸っている暇はないと自分に言い聞かせ、彼女の後に続いた。


 担架に乗せられたクララの表情はいつのまにか元に戻っており、魔獣の脅威が去ったことを知らしめていた。

「クララ!! 薔薇よ! 薔薇を持ってきたわ!!」

 ブリュンヒルデは石畳の上に座り込み、担架の中の少女に語り掛けた。薔薇をそっと彼女の顔に近づけ、目覚めるようにと祈る。


 少しの間をおいて小さくクララの眉が動いた。

 ブリュンヒルデの顔が期待に満ちていく。

「クララ!」

 もう一度名前を呼ぶ。

 するとゆっくりと丸みを帯びた瞼がぴくりと反応し、花が一気に咲いたように、クララの目がぱっちりと開いた。

「クララ!! 目覚めたのね!!!」

 ブリュンヒルデが喜びに満ちた声を上げた。

 彼女の周りにいた騎士たちも歓声を上げ、ヴォルフラムとエルンストはふうと大きな息を吐いた。



「ブ、ブリュンヒルデ……さま?」

 か細い少女の声が響く。彼女は心細そうにしていたが、ブリュンヒルデが嬉しそうに笑うのでつられて微笑んだ。

「クララ、どこか辛い所はない? しびれとか、痛い所とか……」

 ブリュンヒルデが問いかけるとクララは首を振る。

「いいえ、大丈夫です。……あの、私、どうしてここにいるんでしょう? 倉庫で気分が悪くなったところまでは覚えているんですけど」

 クララは不思議そうに尋ねる。

 ブリュンヒルデは思いもよらぬ返答にぽかんとしたが、すぐに切り替えて答えた。

「あの後、あなたは倒れて長い間寝込んでしまっていたの。目覚めてくれて本当に良かったわ」

 ブリュンヒルデは嬉しさのあまり、涙を滲ませた。しかし、クララの喜びの顔は続かなかった。

「そ、そうだったんですね……! すいません。私。本当に役に立たなくて……! ブリュンヒルデさまをお助けしたかったのに、私の方が助けて頂いてしまいました」

 しょんぼりとクララは項垂れる。大好きなブリュンヒルデの汚名を返上しようとしたのに、なにもできなかった自分が恨めしかった。

「クララ、そんなことを言わないで。それにあなたが異変に気付いてくれたからこそ、皆が助かったの。あなたのおかげなの。本当にありがとう」

 ブリュンヒルデはクララが眠っている間のことを話した。クララが薔薇の乙女として覚醒したからこそ、ブリュンヒルデたち薔薇の騎士がその力を振るうことができ、皆を救ったのだと身振り手振りで語った。

 クララは最初、薔薇の乙女であることに戸惑っていたが、ブリュンヒルデは前髪をぺろりとめくり、コンパクトミラーを渡してそこにある刻印を見せた。

「……し、しんじられません。わ、わたしが、薔薇の乙女だなんて」

 クララは混乱した。何のとりえもない自分が伝説の乙女だなんてすぐに飲み込めるわけがなかった。ブリュンヒルデと出会った時、薔薇の乙女だと言われていたが、何もできない自分にその資格があるはずないと思った。それに何より、自分より相応しい、綺麗で優しくて美しいブリュンヒルデがいるではないか。彼女こそ誰よりも薔薇の乙女に相応しいとクララは思った。

 しかし、それはブリュンヒルデによってやんわりと否定された。

「この刻印が薔薇の乙女の証拠なのよ。そして私は薔薇の騎士、あなたを守るために存在するの。すぐには信じられなくても、それだけは覚えておいて欲しいわ」

 ブリュンヒルデにそこまで言われてクララはもう否定できなかった。

「……ブリュンヒルデさまと強い絆で結ばれているのは、恐れ多いことですが、とても嬉しいです。 薔薇の乙女なんて私には荷が重いですけれど、でも、ブリュンヒルデさまがおっしゃるなら、そうなんだなって思えます」

 クララは照れながら笑った。

 ブリュンヒルデも微笑む。

(あ……良かったあ!! これでもう脱出して……いやまだあったああああ!!!!)

 ブリュンヒルデは最大の問題点を思い出した。ブリュンヒルデは表情を一変させ、粗ぶった声で叫んだ。

「皇太子殿下! ヘルモルト卿はまだつきませんか?」

 ブリュンヒルデは後ろを振り返って尋ねた。

 ゲンドルの戦いの後、彼は傷に触りがないように救護班と共に馬車で移動していた。エルンストは鳩の報せでそれを理解していたが、ヘルモルトが今どの位置にいるかまでは把握できていない。

「すぐに調べます。少々お待ちを」

 エルンストはそう言い、部下たちに命じて狼煙を上げさせた。ヘルモルトの部隊に通信兵がいれば鳩を使って連絡することもできるが、あいにく衛生兵しか配置していなかった。しかし、狼煙であれば広範囲にわたって報せることができる。


 エルンストが打ち上げた狼煙はしばらくの後、応答の煙が打ちあがった。



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