第七十八話 民衆
どこまでも広がる青空、そして青々と茂る平原。
ブリュンヒルデはピクニックでもしたら楽しそうだなあと、現実逃避をした。
理由は眼前に広がる垂れた頭の数々である。ブリュンヒルデが一撃を放って鳥を撃破した後、気づくと皆が傅いて秋の稲穂よろしく深々と頭を垂れていたのだ。
「ホルンベルガー嬢、こたびもご助力、まことにありがとうございます。あなたが居なければ、あの鳥は皇太子殿下を襲い、そしてその脅威はこの街すらも覆いつくしたことでしょう」
エルンストが恍惚とした顔で見上げる。黄色い瞳が少年のような憧れをのせて揺れる。
「いやそんなオホホホ。おおげさですわオホホホ」
ブリュンヒルデは笑うしかなかった。
(出力の調整が上手くいかなかったらこの辺一帯吹き飛んでたのよ~。お願いだからそんなキラキラした目でみないでええ!!!)
ブリュンヒルデはこの場から早く逃げ出したかった。自分の力のヤバさ加減を知っている身としては、ある意味一か八かだったのだ。鳥を消し飛ばす自信はあったが、下手をすればジクセン平野も吹っ飛ばしていた可能性はある。
キラキラした目で称えられても、ブリュンヒルデは居たたまれなかった。
(い、いや。エルンストはもしかして見透かしているのかも? ゲーム屈指の頭脳キャラなら『破滅の力』の意味は分かるでしょうし、ルドルフからも威力を聞いているハズ。私を懐柔して生体兵器として使うつもりだったりして……)
ブリュンヒルデはちらりとエルンストを見た。
美しい顔をブリュンヒルデに向け、星をちりばめたようなキラキラした笑顔を浮かべる。
(読めねえ!!! 本当に読めねえ!!!)
ゲーム原作に脳が汚染されたブリュンヒルデはエルンストにどれだけ好意を向けられようと、どうしても裏を考えてしまう。
(やはり逃げるのが得策だわ。クララが目覚めたらとっとと逃げよう。頼むわよ叔父様!!)
ブリュンヒルデは本心を悟られないよう、にこにこと笑みを浮かべてエルンストたちに立つように言った。
「どうかお立ちになって。わたくしはできることをしたにすぎません。それよりも早く、クララに薔薇の花をもっていかなくてはいけませんわ」
「はい、お心のままに」
エルンストはそう言うとゆっくりと立ち上がってブリュンヒルデに手を差し出した。ブリュンヒルデは警戒心から少し固まったが、怪しまれるとマズイと考え、にこっと微笑んでその手を取った。
「女性の足で四階の階段はお辛いでしょう。よろしければお抱きしておつれしますが」
エルンストは上ずった声で言った。
ブリュンヒルデはその方がラクだな。と単純に思ったのだが、即答はできなかった。
(エルンストが私を抱えてなんの得があるのかしら……。はっ! 婚約者でもない男に触られて平気な女として周囲に知らしめるつもり!? ぶっちゃけ他人にどう思われようが平気だけどホルンベルガーの名前を汚すわけにはいかんわい!)
ブリュンヒルデにエルンストの気持ちは伝わらなかった。
「それには及びませんわ。さあ、参りましょう」
ブリュンヒルデはにこっと笑ってスタスタと歩いた。エルンストは残念がりながらも、彼女の言葉はもっともなので素直に従った。
狭い階段を下り切ると、入口にたくさんの人々が詰めかけていた。兵たちはそれをどうにか留め、ブリュンヒルデたちが歩くスペースを確保していた。
人々が口にするのはブリュンヒルデを称える声だ。
『黒薔薇の騎士さま、ばんざい!!』
壁の内側から、化け物鳥の恐怖におびえていた彼らは、ブリュンヒルデの雄姿を遠くからであったが見ていた。今までブリュンヒルデに懐疑的であった者たちも、危機から救ってくれたブリュンヒルデに感謝と賛辞を惜しまず、また己の不明を恥じた。
人々の歓声をエルンストは嬉しそうに眺めているが、当のブリュンヒルデは顔面蒼白である。もし、能力を完全コントロールできていたのなら、ドヤ顔でこの歓声を受けていただろうが、そうではない。たまたま運が良かっただけなのだ。
期待値が高いと、その分要求も高くなる。そして『できて当然』となり、できなかったら評価が当初よりも低くなる。過大評価の恐ろしい所だ。
(逃げよう。絶対逃げよう)
ブリュンヒルデはそう考えながら、エルンストやそのほかの騎士に守られながら移動した。




