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第七十一話 轟音

 部屋に戻ったブリュンヒルデはさっそく叔父に手紙を書いた。

 メッセンジャーボーイを呼んで手紙を持たせ、着実に国外逃亡の準備を進める。


「数十億ボルトの電撃の前じゃあ、魔獣もイチコロだろうし、あとはゆっくり逃亡に必要なもののリストアップでもするかな」

 ブリュンヒルデはもはやヘルモルトの勝利を疑っていなかった。



 一方、エミリオたちは分散してゲンドルの街からの脱出を図っていた。海の火で追立て、軽騎兵を囮に大門の外へとおびき寄せる。

 ゲンドルの街の門は二つ。一つは東門、もう一つは西門である。ヨアヒムの屋敷から遠い東門に向かった。


 ヴォルフラム達の薔薇捜索は難航していた。そもそもヨアヒムの屋敷は瓦礫に埋もれ、その一つ一つを運び出すことから始めなければいけなかった。エミリオの鳩が届いたときも、まだ瓦礫を運び出す最中だった。

 何もやみくもに探しているわけではない。ヨアヒムから薔薇を生けていた場所を聞き、あたりをつけて捜索している。しかし、建物の崩壊が凄まじく、まだその居室にたどり着けていなかった。

 ヴォルフラムは幼馴染の無事を祈りながら、自らぐちゃぐちゃになった地面に足を付けて砕けた煉瓦を運び出した。護衛騎士たちは止めたが、彼は止めなかった。

「一刻も時間が惜しい!! 最低限の監視だけを残し、全員で捜索に当たれ!」

『はっ!!』

 騎士たちはヴォルフラムの号令に従い、動き出した。

 今にも崩れそうな瓦礫、足の踏み場もない状況で彼らは懸命に手を動かした。



 エミリオの部隊は無事に東門を抜けていた。先に鳩を飛ばし、門の前の火を消しておいたため、彼らの足を止めることはできない。魔獣は吸い寄せられるようにその後を追ってきた。覚醒してから常に火に追い立てられた彼は、動く獲物と広い外界にさらに興奮したようだった。

 恐ろしい唸り声をあげ、魔獣は太い尾を鞭のように地面にぶつけた。砂埃が立ち上がり、一礫が舞う。

 だが、兵たちは手綱を緩めることはなく、さらに加速して走り抜ける。


 エミリオは魔獣が街に戻らないように入り口で海の火を焚いた。彼は街を囲む城壁の上で魔獣の動きそして部下たちの動きを双眼鏡で確認していた。

 どうにかゲンドルの街から引き離すことに成功しそうだ。


 だが、兵たちの体力には限界がある。逃げ切るだけで言えば問題ないが、つかず、離れずの『囮』の意味で、消耗が激しい。


「持久戦か……厄介だな」

 エミリオは眉間にしわを寄せ、小さくつぶやく。

 何かこの状況を打開する一手が欲しい。


「エミリオさま! ベネシュ卿から鳩が届きました!! 朗報です。 ヘルモルト卿の雷撃が効くかもしれないとのことです!」

 兵の希望に溢れた声が響く。その声に一同は耳を疑い、紙を頭上にかざす兵に注目した。


「本当か!」

「はい! ホルンベルガー嬢の言伝だそうで、『雷の矢』ではなく、魔獣を破壊するイメージですべての力を放出するよう、指示がありました」

「魔獣を破壊する……」

 エミリオはその言葉を驚きとともに呟いた。獣を屠るのは矢でいるか、剣で割くのがセオリーだ。彼は少しだけ微笑むと、ヘルモルトに言った。

「君の主君は素晴らしい発想力をお持ちだ。ヘルモルト卿、遠慮はいらない。君の力を出し切ってくれ」 


「はっ!」

 ヘルモルトは力強く答えると、石畳を駆け抜けて胸壁をよじ登った。視界を遮るものがなくなり、遠くに続く平野と巨体をばたつかせる魔獣、そしてその攻勢をギリギリで交わす騎士たちが見える。


 ヘルモルトは手のひらを前面に押し出した。そして頭の中で強く鍛錬場で見せてもらったブリュンヒルデの力をイメージする。

「魔獣を破壊……」

 手のひらが徐々に熱を帯びる。

 パチパチとまばゆい光が手のひらの周りを踊り始めた。

「まだだ。もっと、もっと」

 ヘルモルトはさらに手のひらに力を込めた。熱を集めた手のひらは痛みすら感じるまでになった。

 痛む肌をこらえながらヘルモルトはまだ放たない。

「一撃で仕留めてやる……」

 あの巨体を粉々に砕けるなら。手の一本や二本、惜しくなどなかった。

 


 ヘルモルトの手にまとう光が抱えきれないほどの大きさにまで成長した瞬間、一気に魔獣へと放つ。


 それは一瞬だった。


 魔獣の巨体を光が飲み込んだ。

 爆風と土煙、そしてその後で大地が割れるような轟音が響き渡る。

 巨大な魔獣は真っ黒になり、黒い煙をたてながら大地に伏していた。



 ヘルモルトは呆然とそれを見ていた。


 勝ったと理解できたのは、エミリオに肩を叩かれてからだった。

「おめでとう。君のおかげだ」

「……ありがとう、ございます」

 ヘルモルトは不器用ながら、思わず微笑んだ。

 


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