第七十話 食い違い
エルンストは腹黒キャラだ。
嘘も平気でつくし、必要とあれば卑怯な手も取る。
ゲーム『薔薇の乙女』の中で悪役令嬢ブリュンヒルデに次いで『悪』のキャラだ。
エルンストに『雷が通じないのを黙っていた』と告白されてブリュンヒルデは飛び上がらんばかりに驚いた。下手をすれば部隊全滅の危機もあるのに、ブリュンヒルデに黙っていたことが信じられなかった。
今の状況でブリュンヒルデに言わないという選択肢はないはずだ。もし、あるとすれば、それは……。
(うん。つまり、私はまったく信用されてないってことだ!!)
ブリュンヒルデは自分のポジションを思い出して結論付けた。
いくらあがいたところで所詮悪役令嬢。親友どころか、つい一か月前までは敵だった間柄である。警戒心が強いエルンストがブリュンヒルデに情報を出さないのも頷ける。
(最近、妙に優しいからうっかり打ち解けたのかなぁとか思ったけどそんなことはなかったぜ!! さすがエルンスト演技が上手い!!)
ブリュンヒルデは自分が納得いく答えを導き出した。
今ここで告白したということは、頼りたくない相手にも頼らざるを得ない状況……相当ひっ迫しているのだろう。プライドがエベレストよりも高いエルンストにとってはらわたが煮えくり返るほどの屈辱に違いない。
ブリュンヒルデは言葉に出さないエルンストの心中をそう読み取った。
「現場はそれほどひっ迫しているのですね。……言いにくいことを良く話して下さいました。ベネシュ卿の意思を尊重してわたくしは現地に赴きません。ですが、私からの伝言はどうかヘルモルト卿に伝えて下さいませ」
ブリュンヒルデは優しい声で言った。
気分的には警戒心マックスの野良猫を手懐ける気分だ。このまま疑い続けられて伝言を握りつぶされでもされたら困る。
エルンストはブリュンヒルデが怒りもせず、ただエルンストの心情に寄り添ってくれたことに驚いていた。
独りよがりの私情に流され、彼女の部下を危険にさらした自分を高潔な彼女は軽蔑する……そう考えていた。そうされても仕方のないことをエルンストはしてきている。
だが、ブリュンヒルデはエルンストを突き放すのでもなく、詰るのでもなく、ただ認めてくれた。
(……本当に驚かされる。偉大な叡智だけではなく、器までも大きいとは)
エルンストはブリュンヒルデの心のこもった言葉に感動し、また失態をも包み込む器量に王の資質を見た。
(彼女が皇后となればこの国はさらに栄えるだろうな)
エルンストは強く思う。だが、日に日に膨れ上がる恋心はそれを認められない。
(彼女に拒絶されるまで……俺の思いは捨てきれそうにない)
拒絶どころが二人の会話はまったく意味がかみ合っていないのだが、言葉の上で問題なく話が進むので誤解が解けることはなかった。
鳩を飛ばし終わった後の二人の心中は真逆である。
(あとは成功を祈るのみ。失敗したら責任を押し付けられるだろうなぁ……)
(やはり俺はこの人が好きだ。いつかきっと振り向かせてみせる)
とろけるような甘い眼差しをブリュンヒルデに送るエルンストだが、ブリュンヒルデは何か企んでいそうな顔だな……とおののいた。
(すべてが終わったら辺境の土地に逃げよう。エミヴォルを残していくのは心苦しいけど、変に残って縛り首になったらお母さまが悲しむわ。……叔父様に頼んで船を手配してもらおう。やってやるわよ国外脱出!!)
ブリュンヒルデはそう心に決めた。




