第六十九話 告白
執務室はエルンストらしくなく、ごちゃごちゃとしていた。
エルンストは笑顔でブリュンヒルデを中に招き入れたが、さきほどの怒鳴り声を知っているブリュンヒルデはギャップにビクビクと震える。
彼はブリュンヒルデにソファを勧め、自分は真向いに座る。
「申し訳ありません。少し仕事が立て込んでいまして、声を荒げてしまいました」
エルンストはまず非礼を詫びた。
ブリュンヒルデは内心、(嫌絶対、私関連だよね)と怯えた。内容はともかく大体あっている。
「ま、まあ、いえいえ。お忙しい中、突然先触れもなく訪れたわたくしが悪いのですわ。お時間を取って頂き感謝しております」
「あなたでしたらいつ何時でも喜んでお迎えします。なにか、困ったことでもありましたか?」
「困ったこと……といいますか、実はピアステッド卿に塩をゲンドルの街に届けてもらうようお願いしたのです。ですが、やぱり塩は……」
ブリュンヒルデが言いかけたところでエルンストは変な声をあげた。
「し、しお?」
「はい、塩です」
なぜ塩が出てくるのだろうか。兵站の補給にしても塩だけというのはおかしい。
「な、なぜ塩を送られたのでしょう?」
「ヘルモルト卿の雷が通じなかった場合に備えてですわ。グリアセルの構造がナメクジと同じだったら、塩を振りかければ脱水されて死滅するのではと考えたのです。それでなくても、塩が媒体となって雷が通用しやすくなりますし」
ブリュンヒルデの言葉にエルンストは脱力した。
さんざん悩んで苦しんであがいて、ブリュンヒルデを巻き込まずにしようともがいた結果がこれである。
自分の道化っぷりに笑いたくなったが、むしろ心が軽くなった。友に苦難を強いることもなくなり、大切な人を危険なことに巻き込むこともない。
欲を言えば、自分がその考えを導き出したがったが、ブリュンヒルデの叡智にますますエルンストはほれぼれした。
「それは素晴らしい。さっそく、鳩を飛ばします」
「あ、いえいえ。お願いしたいのはそれではなく、恥ずかしながら塩はやはり使わないで下さいとお願いしたくて」
「なぜ?」
エルンストは怪訝そうに首をかしげる。
「塩は土壌を汚染します。雨が降れば周囲に広がり、元に戻るまで長い時を要します。あまり使いたくはありません」
「しかし……」
魔獣を倒せるならそれでもやる価値はあると思ったエルンストは反論する姿勢に入った。だが、ブリュンヒルデは言葉を続ける。
「ですので、万が一ヘルモルトの雷が通用しなかった場合は、雷の矢ではなく、最大出力をイメージして魔獣に放って欲しいのです」
「……とおっしゃいますと?」
「最初、わたくしはヘルモルトの雷が通じない可能性を説いていましたが、彼の能力は無限の可能性を秘めています。彼の雷に通せないものはないと言っても過言ではありません」
言い切ったが、ブリュンヒルデは内心、ちょっと自信がない。学生の頃の授業でちょろっと雷は電子の移動で起きるんだよということを知った程度で全くの専門外だ。
しかし、雷の能力が電子を自由自在に操れるとしたら『破滅の力』以上の効果が見込めるのではないだろうか。ただ、この世界に『電子』の概念がないため、イメージをしてもらうのが難しい。
「そこまでですか……」
「ただ、概念の説明が非常にややこしいので、一朝一夕で使えるものではありません。ただ、能力はイメージがモノをいいます。今の彼は雷の矢を当てることをイメージしているでしょうが、それでは難しいかもしれないのです」
難しいどころか、まったくもって通用していないのが今の状況だ。
エルンストは黙ってブリュンヒルデの続きを待った。
「雷の攻撃のイメージは対象物に雷撃をあてることです。魔獣を破壊するイメージですべての力を出し切れば問題ないでしょう」
数億ボルトの電撃で無事なはずがない。
ブリュンヒルデが言うとエルンストは深く頷いた。
「わかりました。早急に鳩を飛ばします。……本当にありがとうございました」
エルンストは深く、ブリュンヒルデに頭を下げた。
絞り出される声、垂れさがるブロンドの髪、そこに彼の心からの謝意が込められていた。
ブリュンヒルデは驚いた。
「ま、まあ。わたくしはただ思いついただけで……しかも、ピアステッド卿に無駄足を踏ませてしまったのですよ。むしろ、わたくしの方こそお手間を取らせて申し訳ありませんわ」
「いいえ。いいえ!! 違います。私は愚かにも事実を伏せていたのです。ヘルモルト卿の雷は……通じなかったと鳩が来ました。ですが、私はあなたがゲンドルに行くのを恐れて黙っていたのです!!」
エルンストの告白にブリュンヒルデの緑の目は大きく揺れた。




