第六十八話 オタクの考察
塩を携えたルドルフ一行を見送った後、ブリュンヒルデは少し頭を休めようと仮眠室に行った。仮眠室といっても、院長が気を利かせてとびっきりの特別病室を用意してくれたため、街の高級宿程度のクオリティがあった。
人払いを済ませた室内はベッドとテーブル、そして鏡台だけの簡素なものだったが、寝る目的のブリュンヒルデにとって十分すぎる設備だ。
「久しぶりに頭を使いすぎて疲れた~。難しいことを考えるのは苦手なんだよねー」
ぽふんとベッドの上にダイブしてブリュンヒルデはごろごろと転がる。
そして即座に寝た。
疲れていたのだ。
だが、夢は彼女の眠っていた記憶をゆっくりと揺り動かす。たとえば、それは遠い昔に見たアニメ。電撃を繰り出すキャラは漫画、アニメ、小説、もしくは映画と多岐にわたる。かつて嗜んだアニメでも雷を使うキャラクターはいた。
そのキャラが浮かんだところでブリュンヒルデは目が覚めた。
「恐ろしい夢を見たわ……当時、公共施設で技名を絶叫して親に怒られた黒歴史……!!」
ブリュンヒルデは頭を抱えた。
幼少のころにはまったアニメなので、当時の黒歴史は山ほどある。そして、さらに始末に負えないのは数年ぶりに新シリーズが出たとかで再熱したとき、お小遣いがふっとぶほど入れ込んだのだ。
そしてネットサーフィンをして情報を集めまくった。
老若男女問わず人気を誇るこのアニメは、色んなファンがいた。
ホモカプに勤しむ腐女子、百合萌えするクラスタ、純粋なファン、そして超常現象をクソ真面目に考察する層である。
『純水が雷を通さないって言っても、たかだか18MΩだろ。圧倒的絶縁体の空気パイセンを通している時点で数百MΩをものともしない電圧が流れているハズ。一億ボルトは余裕』
当時のブリュンヒルデは「ほへー」と簡単に流していたのだが、よくよく考えてみるとそりゃあそうだ。
空気は最大の絶縁体だが、落雷という超電圧の前では無力である。
「ヘルモルトの雷は普通に空中で飛んで行ってたわよね。ということは、一億ボルトは確実に出ているわけで、純水を通さないわけがない……」
そういえば、10万ボルトの飛距離は3cmと聞いたことがある。
それが本当ならヘルモルトは10億ボルトくらい出していそうだ。
「ってことは余裕で大勝利よねっ!!」
ブリュンヒルデは喜んだ。
彼女は現場の悲惨な状況をまだ知らないのだ。
「あ……でも、ヘルモルトが一番使い勝手がいい雷の矢はグリアセルに対してちょっと小さすぎるわよね。もうちょっと大きめの力でぶっぱなしたほうがいいんじゃあないかしら。念のため、連絡を入れた方が良いわよね」
ヘルモルトの能力の詳細は分からないが、破滅の力ほどではないだろう。
「あああ!!! こんなことなら塩なんて送るんじゃなかった!! もっと考えて行動しろよ私!!」
ブリュンヒルデは己の間抜けさに転げまわりたくなった。
ルドルフには無駄足を踏ませるわ、『ヘルモルトの攻撃が効かないかも』と不安をあおるようなことを言うわ、『口だけは出す無能』の典型である。
「でも、こうしている間に万が一皆が危険になってたら悔やんでも悔やみきれん!! く……恥を忍んでエルンストに鳩を飛ばしてもらうほかない。」
そう考えてブリュンヒルデは罵倒されるのを覚悟してエルンストの下へ向かった。
役所の最上階、オットーの執務室をエルンストは間借りしているらしく、役人に案内されてブリュンヒルデは扉の前まで来た。
ノックをすると、エルンストの怒号が響く。
「なんだ!!」
ブリュンヒルデは完全に怯えた。
(やべえ!!! 私の失敗見抜かれてるぅ!!!!)
ブリュンヒルデは反射的にそう思った。脛に傷を持つ身であるため、ちょっとしたことで被害妄想を膨れ上がらせてしまうのだ。
しかし、クララを助けるためにここで逃げるわけにはいかない。
「あ、あの。わたくしです。ホルンベルガーですが、今、よろしいかしら……?」
と。