第五十九話 変化
ヘルモルトに現れた刻印の色は黄色だった。
彼は摩訶不思議な現象に目を白黒させていた。ゲルトは目を輝かせてその奇跡に歓声を上げた。クルツとマヤは自分たちがその貴重な場面に居合わせたことを光栄に思った。
しかし、ブリュンヒルデの顔は浮かない。
(黄色っ!!!!? 黄色って何!!!?)
ゲームの本編に黄色の刻印を持つキャラはいない。やはり、薔薇の騎士として覚醒する人間が違えば能力も違うらしい。ワンチャン、知っている色が出やしないかと期待したのだが、そんなことはなかった。
「あ、あの……お嬢様。この色は不吉な色なのでしょうか」
ヘルモルトが申し訳なさそうに眉を下げ、ブリュンヒルデを見つめる。
「い、いえ。そんなことはないのよ!? ただ、色によって使える力が異なるのだけど……黄色が何を指すのかわからなくて戸惑ってしまったの」
「では、悪いものではないと?」
「ええ」
たぶん。という言葉は胸にしまった。
ヘルモルトはブリュンヒルデの言葉をまっすぐ信じ、悩みを解決するべく案を出した。
「新しい武器を使うとき、試し切りを行います。その力も試し……使いをしてみれば傾向がわかるのではないでしょうか」
「それはもっともなのだけど、薔薇の騎士の能力は人智をはるかに超えたものなの。氷の氷壁があらわれたり、竜巻ができたり……使いこなせば規模も自由自在だけれど、そうやすやすと試し打ちができるものではないのよ」
ブリュンヒルデがしょぼくれる。
黒の魔方陣が出た時、試し打ちをしなかったのはそのためだ。ゲーム本編では石碑の場所が特殊結界に守られていたため、そこで鍛錬ができた。今から行くには遠すぎる。
「なるほど……でしたら、誰もいない場所。平野で行うのはどうでしょう。皇太子殿下に人払いを頼んで場所を確保してもらえれば可能です」
「それはいい案ね。……でも殿下は別件でお出かけになられたし」
「ピアステッド卿が残られております。お願いしてはどうでしょうか」
傷心のルドルフは裏方作業に徹し、クララの病室に来てはいなかった。他の三人がこの場を離れられたのも、ルドルフがいるからである。
「そうね。無理を承知でお願いしてみましょう」
ブリュンヒルデはそれほど接点のないルドルフが自分の頼みを聞いてくれるか不安だったが、もちろんそれは杞憂に終わった。ブリュンヒルデから直々にお願いされたルドルフはさきほどまでの傷心っぷりが嘘のように晴れやかになり、堂々とした声で答えた。
「お任せください!! とびっきりの場所をご用意いたします」
「ありがとうございます。無理は承知ですが、できるだけ早くお願いします。顔色が良くなったとはいえ、飲まず食わずのクララをずっと待たせるわけにはいきません」
「わかりました!! ご期待に応えて見せます!!」
ルドルフはそう言うと巨体に似合わない俊敏さで部屋から出た。
ブリュンヒルデたちは彼の報告を待つだけとなったが。それほど時間がかからなかった。
まず、ルドルフがあたりを付けたのは街の治安維持隊の鍛錬場である。十分の広さ、そして頑丈な壁に囲まれたそこなら、ブリュンヒルデの要件を満たすと考えた。あとはオットーの許可を取るだけで済むので、一時間もかからずルドルフは戻って来た。
驚くブリュンヒルデにルドルフは照れくさそうに笑う。
「街の鍛錬場を借りました。広さも頑丈さも十分なものだと思います。差し支えなければ今からご案内します!!」
ブリュンヒルデはスピーディさに戸惑いつつも、今は時間がないのでルドルフの手を取った。エスコートされて部屋を出るブリュンヒルデの後をゲルトはさも当然のようについてくる。
「ゲルトくん。悪いけれど部屋に残ってもらえるかしら? 今からするのはとっても危険なことなの。怪我をするかもしれないのよ」
「そんなこと言って変なことを企む気だろ。俺はお前の監視を緩める気はないからな!!」
ゲルトはついていきたいと素直に言えず、憎まれ口を叩く。マヤが再びゲンコツを入れた。
「ゲルトっ!! あんたはまだそんなことを言っているの!? さっきの奇跡を見たでしょう!?」
「あんなの手品にきまってらあっ!! 俺はこの女を監視する役目があるんだよ!!」
ゲルトは痛む頭をさすりながらマヤを睨みつける。
「監視って……無礼もいい加減にしなさいっ!!! どれだけご迷惑をかけているかまだわからないの!?」
激高するマヤ、反発するゲルト。まさに一色触発だがそれを止めたのはブリュンヒルデだった。
「マヤさん。わたくしのことはどうかお気になさらず。最初の約束を違えたわたくしが悪かったのですわ。ゲルトくん。ごめんね。一緒に行きましょう。そしてわたくしが薔薇の乙女ではないと証明してね」
ブリュンヒルデの本心である。
唯一の味方のゲルトを遠ざけるのは不利になるとブリュンヒルデは悟った。
ブリュンヒルデの言葉にゲルトは勝ち誇ったように笑う。
「ふんっ!! あったりまえだ!! さ、さっさと行くぞっ!!」
まるで自分がリーダーかのようにゲルトは駆けていく。
マヤは止めようとしたが、ヘルモルトに制止された。
「ご子息の安全はお約束します。お嬢様の希望通りにお願いします」
立派な騎士にそう言われてマヤはゲルトを掴むために伸ばした手を下ろした。
「ご迷惑ではありませんか?」
「お嬢様が望まれているので、私はそれを叶えるのみです」
淡々と言う言葉の中ににじみ出る優しさがある。いかにブリュンヒルデという令嬢が慕われているかを知り、マヤは嬉しくなった。
飛び出したゲルトは看護師に捕まり、廊下を走るなと怒られていた。
口をとがらせるゲルトの代わりにブリュンヒルデが謝り、ルドルフはそれを面白くないと感じながらも、子供に優しい彼女にますます惚れた。
ちなみに、ブリュンヒルデは優しいのではない。
(マヤさん達がいない今、保護者の私が謝るのがマナーよね)
あくまで礼儀を通したに過ぎない。彼女は救いようのない腐女子であり、小心者であり、重度のカプ固定過激派なのだ。もし、彼女が真に優しい女性なら、『薔薇の乙女ではない証明』をするために、子供を危険地帯に連れて行かない。
だが、自分の代わりに謝罪するブリュンヒルデを見たゲルトは、
(……公爵令嬢だろ。ふんぞり返ってろよ。それに、お前が頭を下げることはないのに)
と自分が怒られるよりも心が痛くなった。
以降、ゲルトは大人しくなり、ルドルフから気味悪がられるのだが、ヘルモルトはだいたいのことを察して静かにほほ笑んだ。




