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第五十八話 秘密

 クララの病室は色とりどりの薔薇に囲まれた。

 病室に一歩入ると優雅で柔らかい甘い匂いは体中に優しく広がり、心と体の緊張を解きほぐしていく。

 しかし、クララは一向に目覚めない。 少しだけ顔色は良くなったが、ひたすらに眠り続けている。


 ブリュンヒルデは意識のないクララを見つめながら理由を考えていた。

(もしかして王子様とのキスじゃないと起きませんとか……?)

 ヒィっと冷たいものが背筋を駆け巡る。王子様と言えばヴォルフラムが適任だがクララは大好きだが、カプ固定の過激派にとってエミヴォル以外のカプは認められない。

 それにそもそも、クララとヴォルフラムの接点がない。起きた時点で知らない男が自分にキスをしていたらぶん殴りたくなるだろう。


 他にまったく案が浮かばないブリュンヒルデは、クララの体を揺さぶった。

「クララ……お願い。起きて」

 しかし、クララは規則正しい寝息を立てるだけでブリュンヒルデの声に応えなかった。揺さぶった拍子にクララの前髪が落ち、赤い薔薇の刻印が乱れた前髪の隙間から見えた。


「ん? 赤い?」

 ブリュンヒルデは思わず声を発した。


 その声に他の人間もまじまじとクララの刻印を見る。ブリュンヒルデのピンクの刻印と違い、鮮やかな色で刻まれていた。


「ホルンベルガー嬢の色と違いますね。ヘルモルト卿、君の刻印は何色だったかな?」

 エルンストはヘルモルトに尋ねた。

 首筋の刻印を見せて答えた。

「クララ嬢と同じく赤色です」

「ほお。そうか。では、ホルンベルガー嬢だけ異なる色なんだな」

 エルンストのシトリンの瞳に喜色が浮かぶ。三人の刻印、一人だけ種類が異なるのは、その人物が特別な存在だからだ。

「ホルンベルガー嬢、あなたの見解はいかがですか?」

 にっこり微笑んでエルンストは言う。腹黒キャラらしい嫌な言い方だったが、ブリュンヒルデは堪えない。

 なにしろ、刻印の色は薔薇の乙女との関係性を示す。ピンクは友情、紫は信頼と忠誠、そして赤色は恋愛感情だ。


(こ、こいつらデキてんのか!!!!)

 ブリュンヒルデはヘルモルトをマジマジと見つめた。寡黙で無表情のヘルモルトは主人からぶしつけな視線を浴びせられて困惑する。


(そういえば、二人で行動してたらしいし、可愛いクララにヘルモルトが惚れるのも無理はないし、修羅場を潜り抜けた二人が恋愛感情が芽生えてもおかしくはない)

 ふむ。とブリュンヒルデは思う。

 二人が相思相愛のは実にめでたい。しかし、二人の様子は恋人同士のそれではなく、ヘルモルトはあくまで一線を守っているように見える。

(クララは鈍感キャラだし、攻略キャラに告白されてからようやく自分の気持ちに気づくタイプだからなあ。ヘルモルトも奥手そうだし、こりゃあ、無自覚両片思いかも)

 ブリュンヒルデは自分を棚に上げて冷静に分析する。


「ホ、ホルンベルガー嬢?」

 さきほどから無視されたエルンストはブリュンヒルデの名前を呼ぶ。


「え、あ、はい。すみません。少し考え事をしておりました」

「……でしょうね。何かわかったことはありましたか?」

「そうですね。でも、私の口から言うのは憚られるので、今は秘密にしておきます」

 この場で「ヘルモルトとクララが両想いなんですー」なんていえば、ヘルモルト卿が可哀そうだ。


「秘密ですか。理由をお聞きしても?」

「それもダメです。ですが、クララが目覚めないことと無関係ですよ。それよりも、なぜクララが目覚めないかを考えないと……少し、整理します」

 ブリュンヒルデはそう言い切ると、考えに集中するために目を閉じた。

 エルンストは自分の追及にも慌てない様子に、いささか勢いが削げててしまい、大人しくブリュンヒルデが言葉を発するのを待った。


 沈黙の中、ブリュンヒルデはゲーム本編を思い出してみた。バラの花びらが咲き乱れる華麗なオープニングを終え、賑やかな街の映像……そして『私、薔薇が一番好きなの』と一輪の薔薇を愛でるクララが流れる。

 賑やかな薔薇祭りが始まり、魔獣がギャオースと登場してストーリーが進んでいく。


 (薔薇の香気が覚醒のきっかけなのはまず間違いない。そうじゃないならケルシャの時点で覚醒してるだろうしね。そして、薔薇満開のこの部屋でクララが目覚めない理由……は二つ。一つは時期。覚醒条件と暦が関係していたのなら薔薇祭りの日までクララは目覚めない。もう一つは……最初に嗅いだ薔薇が覚醒の鍵。すれ違っただけじゃあダメで、ちゃんと嗅がなきゃ!)

 ブリュンヒルデはようやく一つの道を見つけた。もちろん、理論はめちゃめちゃでこれが正しいとは思えない。だが、トライアンドエラーは目的を達成するための手段である。


 ブリュンヒルデはようやく口を開いた。

「お待たせしました。一つだけ、考えが浮かびました。クララが嗅いだという薔薇を持ってくるのです。その薔薇の香気が完全な覚醒の鍵かもしれません」

「君が言うなら俺たちはそれに従うまでだ。できることならなんでも言ってくれ」

「ありがとうございます。皇太子殿下。まず、ヘルモルト卿、クララとすれ違った薔薇の御婦人とはどこで出会いましたか?」

 ブリュンヒルデの問いかけにヘルモルトは少し口ごもった。

「……ゲンドルの街です」

 彼の言葉に一同は息を止めた。

 ゲンドルの街は封鎖中だ。海の火で囲い。魔獣グリアセルを足止めしている危険地帯だ。


「避難民に薔薇を持っているか確認させます。貴重品ではない薔薇を持って逃げる人はそうそういないでしょうが、住所を聞けば家の捜索もできるでしょう」

 エルンストが言った。ゲンドルの街全域がグリアセルに蹂躙されているわけではないため、不可能ではない。

 エルンストの言葉にヴォルフラム達は頷いた。

「エルンスト、お前はデンベラにいる避難民を頼む、俺はジクセン平野にいる避難民を対象に調べてみる。ブリュンヒルデ、他に必要なことは?」

 ヴォルフラムに問われたブリュンヒルデは一拍置いた。


(他にできることは……)


「お三方は薔薇の在処を見つけてください。それが最重要です。わたくしはここに残ってヘルモルト卿に騎士として覚醒してもらいます」

 ブリュンヒルデの言葉に一同が驚く。すでにヘルモルトは薔薇の騎士として刻印を受けている。薔薇の乙女論争はあるが、ヘルモルトが騎士なのは疑いようのない事実だ。


「それはどういう意味ですか? ヘルモルト卿は薔薇の騎士として刻印がありますが……」

 エミリオが困惑した顔で聞いた。

 その問いにブリュンヒルデは己の手のひらを見せて答えた。

「刻印を受けただけでは能力が使えません。わたくしのように手のひらに魔方陣ができてはじめて騎士の能力が使えるのです。……と言いましても、わたくしは自分の能力がどのようなものか把握できていないのですけれどね」

 ブリュンヒルデは自嘲気味に言った。

 白い手のひらに幾何学模様の刻印が浮かぶのを見てエミリオは驚いた。気味悪さはなく、むしろ神々しいものであるように感じた。

 エルンストはそれこそが薔薇の乙女での証拠なのではないかと思ったが、『賭け』があるため、それ以上は言わないことにした。


 三人は騎士の覚醒に興味がありつつも、薔薇を探すためにすぐに出かけた。

 残ったのは眠り続けるクララ、ゲルト一家、そしてヘルモルトとブリュンヒルデだけだ。


 ヘルモルトはいきなり騎士やら覚醒やらと言われて無表情なりに困惑していたのだが、ブリュンヒルデに気にしている余裕などなく、自分の真正面に立たせた。

「ヘルモルト。今から伝える言葉を復唱して」


 ブリュンヒルデはそう言って覚醒のための言葉を唱えた。


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