第四十七話 調査
厳しくも世のため人のために尽くすレーブライン侯爵は部下からの信頼が厚い。
今回の調査にも志願者が大勢いた。尊敬するレーブラインの力になりたい気持ちと、傲慢な貴族に脅されているか弱い少女を助けたいという義憤が彼らを駆り立てた。
レーブラインは志願者を宥めながら、数十人に絞った。
補佐官と秘書官が一人ずつ、護衛騎士が二十名、そして司法府の憲兵を二十名選び、クララのいるデンベラの街へ赴いた。
街の人々はレーブライン侯爵を歓喜の声で迎え、薔薇の乙女の誕生をおおいに喜んでいた。しかし、町長のオットーだけは顔に暗い影を落としていた。
人払いをすました町長の部屋で、オットーは気落ちした表情で訴えた。
「公爵閣下、この街にはゲンドルからの避難民が大勢おりますが、薔薇の乙女様のおかげで人々は喜び、明るい未来へ進めます。しかし、薔薇の乙女さまはいまだ意識が戻りません。ホルンベルガー嬢の名を呼び続け、ずっとうなされて居るのです」
レーブラインの眉が顰められ、目が鋭く光る。
「町長の見解で結構。クララ嬢が臥せった原因に心当たりは?」
「大きな声で言えませんが、薔薇の乙女様が倒れた直後、ボルンベルガー嬢が大慌てで会いに来たそうです。その時はまだ意識があったと宿のものから聞いています。……ホルンベルガー嬢はその後で薔薇の刻印がでたとか。……ホルンベルガー嬢が何かしたとしか思えません」
町長の言葉にレーブラインは肯定も否定もしなかった。
「貴重な話を感謝する。クララ嬢をよろしく頼む。護衛兵を十名おいていくので、クララ嬢の守りを固めてくれ」
レーブラインの言葉に町長は深く頭を下げた。彼の力では絶大な力を持つホルンベルガーに対抗できないと危惧していたからだ。
「ありがとう……ございます!!」
もし、レーブラインがクララの病室を見舞ってヘルモルトと接触ができたのなら誤解は解けていただろうが、女性の寝室に立ち入ることを良しとしないレーブラインの潔癖さが真実から彼を遠ざけてしまった。
こうしてレーブラインはブリュンヒルデへの疑心を確信に変えてジクセン平野へと向かった。
一方、帝都から待機命令を受け取ったブリュンヒルデは人生の終わりを悟っていた。
(本編が始まっていないのにゲームの終盤と似たようなことになってるよ……。オワッタ……)
悪役令嬢ブリュンヒルデが本物の薔薇の乙女に危害を加えて自分がすり替わる……ストーリーとして正しく、原作ファンなら納得の行く展開だ。そのため、ブリュンヒルデは悩んだ。
(ここであがけば原作が壊れるっ!!)
ブリュンヒルデにとって一大事だった。
というのも、ブリュンヒルデが薔薇の乙女ではないと証明されたとき、エミリオとヴォルフラムが危機を乗り越えた安ど感から喜び合ってハイタッチするシーンがあるのだ。
エミヴォル信者はそれを「ハイタッチ事件」と呼び、数々の二次創作のネタになった。まさにエミヴォル信者が避けてはいけない聖域なのだ。婚約破棄されてエミヴォル悲願の道が絶たれた今、それが唯一の希望である。
いくらここはゲームではなく現実、しかも大事件の真っ最中と理性で理解していても、ミントの根のように広がった腐れ根性は根絶されなかった。むしろ、今まで抑えていた分、爆発した。
(ああああああ!!!! どうしようどうしよう!!)
自分の悲惨な末路とエミヴォルハイタッチ、天秤にかけられるほどブリュンヒルデは救いようのない腐女子だった。
苦悩に顔を歪めるブリュンヒルデだが、作りがたいそう美しいので青ざめて震える薄幸な美少女にしか見えず。
伝令兵は自分の言葉で傷つく彼女を見て胸が痛み、ヴォルフラム達は何の非のないブリュンヒルデが悲しんでいるのを見て、どうしようもない怒りが腹の底から沸き上がってきた。