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第三十三話 街へ

 ティーガ騎士団、ギュンター達に護衛された馬車でブリュンヒルデはゲンドル区へと向かった。ケルシャと違い、街道沿いにあるため帝都から一日足らずで行ける。しかし、ブリュンヒルデは気が気ではなかった。

(クララが覚醒したのかどうかわからないけれど、もし、魔獣の気配を察知したというのならすでにゲンドル区は悲惨なことになっているわ。ヘルモルト卿一人ではどうにもできない……。なんとか、人々が避難できていればいいんだけれど)

 ブリュンヒルデは民の避難を考えたが、現場がどういう状況かわからないため、次の手を考えあぐねていた。

(ヴォルフラムに連絡はした。有事があれば、街の警備隊が避難を誘導してくれるはず……)

 ブリュンヒルデは手を組み合わせ、街の無事を祈った。


 馬車がゲンドル区についたのは昼も過ぎたころだった。物々しいボルンベルガー家の馬車を門番は驚いた顔で見ていた。

「あ、あの。どういったご用件でいらしたのでしょう?」

 門番が怖がるのも無理はない。ブリュンヒルデによるケルシャ焼き討ちの噂は全土に広がっている。

(噂では、ケルシャの子供がお嬢様に粗相したから焼き討ちしたと言われている。なんとかしてご機嫌よく帰ってもらわなければ……)

 愛する地元を焼かれたくない一心で門番は馬車を止めた。

「区長に御用があるのでしたらすぐ呼んでまいりますが」

「街の中に私の……友達がいるの。早く通して」

 ブリュンヒルデは一向に通す気のない門番に怒鳴った。彼女の声に門番は怯えたが、苦肉の策で監視役を付けることにした。

「いいか、ロキ。誰かがお嬢様に接触しそうになったら止めろ。お嬢様が不快になりそうなことは未然に防ぐんだ!」

 門番は右腕の部下ロキに言った。ロキは緊張した顔で頷いた。


 ロキという案内人を付けられ、ようやくブリュンヒルデたちはゲンドルの街に入ることができた。機動を優先するために馬車を降り、ブリュンヒルデを囲んで歩き出す。圧倒的な美貌の少女を完全武装した筋骨隆々の男性が囲む図はノイラートがかすむくらいに異様で、道行く人が凝視するどころか、モーセの十戒のごとく人混みが割れ、回廊ができていた。

 居心地が悪いながらもブリュンヒルデは周囲の警戒を怠らなかった。

(雑魚魔獣なら何とか退治できるけれど、中級以上だと町が壊滅してしまう。人を避難させて焼き払った方が……っていけないいけない。恐怖から極端な思考に陥っているわ。短絡的な行動はあらぬ火種を生んでしまうというのに)

 ブリュンヒルデは自分の愚かさを嘆く。つい先日、ケルシャを焼いたことでミレッカーが罪人になったばかりだというのに、危うく同じ轍を踏むところだった。

(火を使わず、なんとかして魔獣を退治しないと)

 ブリュンヒルデは考える。

(魔獣だけに効く毒とか、そういうのがあればいいんだけど攻略サイトにそんなもん書いてなかったしな……)

 ブリュンヒルデはますます落ち込んでいく。いくら考えてもいい案が浮かばない。うんうん悩む間に、クララが保護されている役所についた。

 役人たちは全員が役所の前で並んで緊張した顔でブリュンヒルデを迎える。

「こ、この度はゲンドルの街へお越しいただき、誠にありがとうございます。私が区長のハネスと申します」

 丸メガネの初老の男がブリュンヒルデに挨拶した。

「お邪魔をするわ。すぐにクララに会いたいの。通してちょうだい」

 ブリュンヒルデはそう言い切るとずんずんと中へ進んでいった。職員たちは蜘蛛の子散らすように逃げていき、入口の近くて待っていたヘルモルトに案内されてクララのいる部屋へと急ぐ。

 

 仮眠室に横になっていたクララの表情は真っ青で、脂汗にまみれていた。

「クララ! 私よ。ブリュンヒルデよ! 一体何があったの?」

「ブリュ………デ……さま、わ、わたし、変な感じです。呼吸が……しにくいんです。あの倉庫に入ってからです。すごく、変な感じです」

 クララは息も絶え絶えで言った。

「クララ、ちょっとごめんなさい。手のひらを見せてね」

 ブリュンヒルデはクララの手を取ってまじまじと見つめる。

(……刻印がないわ。覚醒したらここに薔薇の刻印が出るはずなのに。考えても仕方がないわ。その倉庫に行かなくちゃ。何か手掛かりがあるかもしれない)

 ふいにクララの手がブリュンヒルデの手をぎゅっと握る。

「ブリュ……ヒ……さま、お役に……立てなくて、ごめ……さい」

 涙ににじんだ緑の目がブリュンヒルデを見つめる。

「私こそ巻き込んでごめんなさい。ゆっくりと休養して。いっぱい頑張ってくれていたのね。本当にありがとう」

 ブリュンヒルデはクララの平穏を潰してしまった罪悪感で胸が苦しくなる。本来なら、彼女は今頃、幸せな毎日を送っていることだろう。

 ブリュンヒルデの辛そうな顔にクララは「大丈夫。大丈夫です。私がしたくてしたことだから」と泣きながら笑顔を向けた。

 思わず泣きそうになったブリュンヒルデは顔を隠すために背を向け、彼女に「安静にしてね」と言い残した。


 ブリュンヒルデはヘルモルトにクララを任せて倉庫に向かった。先にギュンターが中に入った。

「お嬢様、特に変なものは見当たりません。ですが、清掃されていないせいで酷い埃です。それに色んな植物があるせいか、匂いが酷い。お嬢様が入ると喉をやられます」

 彼の言葉でブリュンヒルデは一つの解を思いついた。

(もしかして覚醒とかじゃなくてただのダストアレルギー?! それなら、街が未だに無事なのも頷けるんだけど……)

 ブリュンヒルデは考えた。

「そう。ここにあるものは焼却処分するのよね? それなら今焼いても構わないわね?」

 ブリュンヒルデは心配そうにこちらを見る区長ハネスと監視員ロキを見る。

「え、ええ。皇太子殿下の指示ですので、それは構いませんが」

「良かったわ。ギュンター。跡形もなく燃やして」

「承知しました」

 ギュンターは部下に命じて火種と火薬を持ってこさせた。

「危険ですのでお嬢様はお下がり下さい」

 ブリュンヒルデは他の騎士に連れられて建物の中に入った。しばらくして爆発音と硝煙の匂い、炎の匂いがした。頑強な煉瓦の建物は火を出すまいと口の中に押しとどめた。

「ケルシャから送られてきた作物は他にないわね」

「は、はい」

 ハネスは煙を出す倉庫に恐れおののきながら答える。返事を間違えれば焼き討ちされると彼は怖くてたまらなかった。


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