第二十九話 相談
ヴォルフラムはブリュンヒルデが宮殿から帰った後、親友たちを呼んで今回起こったことと、これからの計画を話した。魔獣の存在に彼らは驚いたが、ヴォルフラムの言葉を疑うことはなく、信じてくれた。
「お話は分かりました。なんなりとお命じ下さい」
エミリオの言葉にヴォルフラムが口元をほころばせる。
「魔獣に臆しないお前たちを誇りに思うぞ。まず、隊を三つに分ける。ケルシャ調査、農作物の追跡調査、最後に『魔獣』の調査だ。皇宮図書館に確か魔獣に関するものがあったはずだ。おとぎ話だとロクに読んだことはなかったが、むしろ今一番必要な情報だろう」
「なるほど。それでしたら私がその任に当たります。文字情報の処理はこのなかで一番と自負しておりますので」
エルンストが軽口を交えて名乗り出る。
「なら、小官はケルシャ調査に向かいます。魔獣と戦ったことはありませんが、負けるつもりはありません」
真面目なルドルフが調査隊に志願する。
「はは、頼もしいかぎりだ。誇らしく思うぞ」
「光栄です!」
ルドルフが叫ぶ。
「では私は追跡調査ですね。商人に知り合いがいるのですぐにあたってみます」
エミリオが最後に言った。
ヴォルフラムは満足げに笑み、親友たちに秘蔵の酒をふるまった。グラスを掲げ、仲間たちは作戦の成功を祈り合う。
意欲に満ち溢れた彼らは、すぐに任務に取り掛かろうとヴォルフラムに退室の挨拶をした。意外にも最後になったエルンストは去り際、確認するように尋ねた。
「殿下。ホルンベルガー嬢と婚約破棄をなさったそうですね」
「ああ、正式文書をすでに公爵家に渡した」
ヴォルフラムが答えた。口の中がなぜかひどく乾く。
エルンストはヴォルフラムの顔をじっと見ると、軽く微笑んだ。
「そうですか」
「何かあるのか?」
ムっとした顔でヴォルフラムが言えば、彼は少し笑って肩を諫める。
「ご不快になられたのならお詫びします。……ですが、一つ確認したいことがありまして」
「確認?」
ヴォルフラムが聞き返すとエルンストは微笑む。本心が見えない嫌な笑い方だった。エルンストとヴォルフラムは同い年だが、腹黒い商人や何十枚も舌がある外交官とやりあってきた彼は実年齢よりも大人びていた。少し嫉妬もするが、友人として誇らしかったし、いい刺激でもあった。
だが、今はエルンストの本心が見えないことにヴォルフラムは不快でしかなかった。
「もったいぶらずに早く言え。何を隠しているんだ?」
ヴォルフラムの言葉にエルンストは少し意外そうに目を丸くした。
「隠す……とまで言われてしまうとは驚きました。殿下は相変わらず勘が鋭いですよね。鈍感なのに」
ぽろっと後付けされた言葉にヴォルフラムは顔を顰める。
「俺が鈍感だと?」
「鈍感ですよ。殿下、ホルンベルガー嬢が気になって仕方がないでしょう。もう一度婚約したいとお思いなのでは?」
「そんなはずがない!!」
ヴォルフラムが噛みつかんばかりに吠える。その態度にエルンストは少しばかり目を細める。
「そうですか。なら、私がホルンベルガー嬢に求婚しても問題ありませんね?」
エルンストの発言にヴォルフラムは言葉が詰まる。ぐっと唇をかみしめた後、ヴォルフラムは言った。
「……問題はない」
「そうですか」
エルンストはため息を吐く。
彼なりの忠告のつもりだった。ヴォルフラムがブリュンヒルデに惹かれているなら再婚約を手助けするつもりでいたのだ。隠しているつもりだろうが実にわかりやすい。
だが、ブリュンヒルデを素直に認められないヴォルフラムがブリュンヒルデと復縁してもそれは幸せなものではないだろう。
エルンストは爽やかな笑顔をヴォルフラムに向ける。
「わかりました。ちなみに、殿下の婚約者の座を長く開けておけませんのでこの件がひと段落したら大量の見合いをご用意しておきますね」
せめてヴォルフラムが幸せになれるよう、最良の結婚相手を選んで差し上げよう。それが自分なりの忠誠心だ。
自分のエゴとポリシーをうまく調和させ、エルンストはヴォルフラムに現実を突きつけた。
絶句するヴォルフラムに一礼してエルンストはさっさと部屋から出る。今回の焚きつけで恋心を自覚するのであればよし、そうでないのなら遠慮なくブリュンヒルデと婚約するつもりだ。
残されたヴォルフラムはしばらく呆気に取られていたが、自分に言い聞かせるように何度もつぶやく。
「俺はあいつのことを何とも思ってはいない。」
ソファに座ってグラスに酒を注ぐ。向かいのソファは当然だが誰もいない。何ら不自然なことはないのだが、昼間、ここで泣いて笑った彼女の笑顔がヴォルフラムの心から離れない。




