第二十八話 協力
ヴォルフラムはブリュンヒルデを皇太子宮殿の奥、彼の私室へと迎えた。婚約者時代にも足を踏み入れたことのない場所に、婚約破棄されてからようやくブリュンヒルデは招かれたのだ。
しかし、ミレッカーの釈放しか頭にないブリュンヒルデは、表情を強張らせたまま、勧められたソファに腰を下ろした。後はヴォルフラムに問われるまま、知っていることを話した。もちろん、前世の記憶は省いて。そんなことまで話したら、一気に信用を失ってしまうと危惧したためだ。
おおまかな話を聞いたヴォルフラムはひじ掛けに手を置き、深く座りなおした。
「とてもじゃないが、すぐに信じられないな。魔獣なんてまるでおとぎ話だ」
ヴォルフラムの言葉にブリュンヒルデは失望から俯いた。血の気が引いて手先がかじかんでいく。
ヴォルフラムは言葉を続けた。
「だが、切って捨てるには、君とミレッカー卿が真剣過ぎる。だから俺も『魔獣がいる』と信じることにしよう」
彼の言葉にブリュンヒルデは弾かれたように顔を上げた。聞き間違いではないかと怯えたような目を向けるブリュンヒルデにヴォルフラムは笑顔を向けた。
「君を信じると言っているんだ。さあ、君のやることは多いぞ。『魔獣』の存在を証明しなければいけない。だが、そのための助力を俺は惜しまん」
「あ、ありがとうございます!」
ブリュンヒルデは頭を下げた。まだ実感はつかめないながらも、強力な味方を得た喜びに満ち溢れた。
晴れやかな笑顔を向けられたヴォルフラムは思わず頬が熱くなる。
「……は、はやく。計画を練るぞ。ぐずぐずしてはいられないからな」
急に眼を逸らすヴォルフラムにブリュンヒルデは驚いたものの、気を取り直して自分の考えを話した。
「森を焼き払いましたが、農地は騎士が延焼を防いだため被害はありません。逆に、まだ魔獣が残っている可能性があります。ですので、魔獣を生け捕りにして証拠にするほかないでしょう。危険すぎますが」
本来なら、ティーガ騎士団を動かして魔獣狩りを行うつもりだったが、『錯乱している』と誤解されたブリュンヒルデでは公爵を動かせなかった。しかし、皇太子の権力ならすぐにでも可能だ。
「なるほど分かった。俺の私兵を動かして探させよう。魔獣を駆除するには火が有効なんだな?」
「は、はい。むしろ今の段階ではそれだけしか打つ手がありません」
薔薇の乙女、そして覚醒者たちがいれば、すぐに終わる話だ。無力さが恨めしい。
(どうして薔薇の乙女が覚醒しないの……。薔薇の乙女さえいれば皆が助かるのに……もしかしてクララではなくて他の誰かだったりするのかしら?!)
苦悩するブリュンヒルデにヴォルフラムが励ます。
「気負うな。魔獣がいきなり現れていたら被害は想像を絶する。君のおかげで最小限に止めることができるんだ」
居丈高な態度だったが、表情と声は思いのほか優しくブリュンヒルデの顔に笑みが浮かぶ。花がほころんだような柔らかい表情に、ヴォルフラムはうっかりと魅入られてしまった。
(ブリュンヒルデ、こんな顔もできたのか……クソッ。今はそれどころじゃない。魔獣退治の計画を練るべきだ)
ヴォルフラムは咳払いして雑念を振り払うと、具体的な作戦を話し始めた。
「ケルシャの農地を調べるのはもちろんだが、作物の搬入先も洗い出そう。すでにどこかに拡散しているかもしれない」
ヴォルフラムは次々に案を出し、侍従を呼んですぐに命令を下していく。その姿にブリュンヒルデが安心感が体中に広がり、あれほど強張っていたからだが解けていく。
(すごく頼もしい人……ブリュンヒルデもそんなところに惚れたのかもね)
ブリュンヒルデは過去の自分に少しだけ寄り添った。悪辣で傲慢な彼女のことはほとんど理解できないが、彼を思う気持ちだけはなんとなくだが分かった気がする。
(……いや、傲慢さで言えば私も変わらないか。ゲームの人間って色眼鏡で見ていたわけだし)
ケルシャの土地でブリュンヒルデはようやく自分がこの世界の住人で、他の人はキャラクターでもなく、そこで生活している人間なのだと理解できた。それがなければ、ミレッカーの処刑も他人事で、今頃は目の前のヴォルフラムにはしたなく奇声を上げていることだろう。
(エミリオにも謝らなきゃ、出会うなり気絶するって失礼にもほどかある)
ブリュンヒルデは色々なことがあふれ出した。その余裕はすべてヴォルフラムがくれたものだ。
ブリュンヒルデは美しい銀の貴公子に感謝した。




