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第二十七話 再会

 窓が小さいこと、格子がはめ込まれていることを除けば、ミレッカーの独房は屋敷の一室のようだった。調度品に囲まれ、カーテンや花瓶、絵画すら置いてある。

「お嬢様? どうしてここに?」

 机で読書をしていたミレッカーは急な来訪者に目を丸くした。囚人暮らしのせいか、少しやつれたようだったが、気品のある美しさはそのままだった。ブリュンヒルデは彼を見た瞬間、涙が止まらなくなった。

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい。私があなたを巻き込んでしまったわ。すぐに釈放してもらうように手続きをするわ、本当に……ごめんなさい」

 ブリュンヒルデが頭を下げて謝ると彼は驚愕し、それを止めた。

「おやめください! 私が勝手にしたことです。お嬢様が謝ることは何もありません」

「いいえ。違うわ。すべて私の責任よ。あなたは悪くないの。すべて私が悪いのよ! 絶対に助けるから!」

「お嬢様……お気持ちはありがたいですが、公爵家の力を使っても無理でしょう」

 ミレッカーの顔は優しい笑みが浮かんでいた。目は澄んでいて何もかも受け入れた顔だった。

「だって……このままだと、あなたは処刑されてしまうのよ? 汚名を被ったまま……」

「ですが、あなたが処罰されるよりはマシです。元々、森にあなたを連れていくべきではありませんでした。判断を誤ったのは私です」

「ミレッカー卿。私は……火を付けた時、すべてを覚悟したわ。全部責任を負うつもりだったの、だから、あなたは死なせない、あなたは死んではならない人なの!」

 ブリュンヒルデがケルシャに行ったことがそもそもの原因だ。愚行を犯さなければ森に火を放つことはなく、彼が放火犯として捕縛されることもなかった。ブリュンヒルデの過ちが彼の一生を潰してしまったのだ。

「お嬢様は一つ勘違いをされています。我々騎士は主君への忠誠と貴婦人の奉仕を信条としています。私は私の信念に従ったまで。お嬢様に一切責任はありません」

 ミレッカーはブリュンヒルデの涙を指で拭い、優しく微笑みかけた。澄んだ瞳はとても気高く、強い意志が秘められている。

 その眼を見てブリュンヒルデはもはや何も言えなかった。どうしようもできなくて、ブリュンヒルデは己の愚かさと無能さに涙を流すしかない。

(私はどこまでもおごっていたんだわ。ゲームの知識があるからみんなを助けられるって、絶対に大丈夫だって根拠もなくそう思っていた……。そのおごりがミレッカー卿を死に追いやってしまうのよ……)

「お嬢様、お気持ちはとてもありがたく思います。ですが、もうお帰り下さい。私は何も後悔しておりません」

 ミレッカー卿は優しく微笑んだ。ブリュンヒルデは何もできない口惜しさに涙を流しながら、彼の願い通りに部屋を出た。


 廊下の先で待っていたヴォルフラムは静かに涙を流すブリュンヒルデの顔を見て思わず体が動きそうになった。傷だらけの鳥のような痛々しさがあった。

「殿下」

 弱弱しい声が響く。

「どうした」

 できるだけ優しくヴォルフラムは聞いた。

「お願いです。彼を助けて下さい。火を付けたのはわたくしです」

 ぽろぽろと涙を溢しながらブリュンヒルデは言った。彼の気持ちを踏みにじる行為だとしても、ブリュンヒルデはミレッカーを助けたくて仕方がない。ただの自己満足だが、彼がここで死ぬのは絶対に間違っている。彼ほど素晴らしい人間なら、素敵な未来が待っているだろう。

 ぽろぽろと涙を流しながら懇願するブリュンヒルデを見てヴォルフラムは心に重い靄がかかった。彼女の涙を見るたびにどうしようもない苛立ちが立ち上ってくる。

「……少しだけだが話が聞こえた。君が処罰をされれば、ミレッカーは一生、消えない傷を抱えるぞ」

 守りたいものを守れなかったとき、矜持も信念も粉々に砕かれてしまうだろう。ヴォルフラムはミレッカーの代わりに答えた。男として気持ちがわかるからだ。

「それでも無実と分かっていて処刑されるのを黙って見ていられません」

 ブリュンヒルデは答えた。我が儘だと分かっていたが、譲れなかった。

 ヴォルフラムは呆れたようにため息を一つ吐いた。

「……君のような主君を持ってミレッカーに同情する。だが、責任を持とうとする気構えは気に入った。元婚約者としてできる限り協力をしよう」

 ヴォルフラムは手のひらをブリュンヒルデの前に突き出す。

 驚くブリュンヒルデにヴォルフラムは彼女の白い手を握る。

「握手だ握手。今回の事件は何か理由があるんだろう? 幸い、人的被害は出ていないから、正当性が認められれば処刑を回避する手段はある。喜べ、俺がお前の味方になってやる。存分に使え!」

 ヴォルフラムが不敵に笑う。銀色の貴公子の自信にあふれたその顔にブリュンヒルデは心を覆う不安が一気に吹き飛んだ。



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