第二十四話 悪役令嬢
ローザディア帝国の帝都は公爵令嬢が農村を焼き討ちしたというニュースでいっぱいだった。高品質を誇るケルシャの土地は色んな商人が出入りしていたため、ブリュンヒルデが帝都に戻るよりも早く、彼女の凶行が広まった。さらに、白昼堂々クララを誘拐した事件も合わさって、ブリュンヒルデの悪名は全土に広がった。
会議中に知らせを聞いたディートリッヒは泡を吹いて倒れ、お茶会中のマルガレーテは気絶した。
宮殿では皇帝と皇后、そして皇太子と主だった大臣が集まり、公爵令嬢の処遇に頭を悩ましていた。
「まさか農村を焼き討ちまでするとは……気でも狂ったのでしょうか」
「いやいや、皇太子殿下の気を引くためにしでかしたかもしれませんぞ。東洋では好きな男に会うために街に火を放った娘がいたそうですし」
「まこと恋の病は厄介ですなぁ……」
ブリュンヒルデが悪党なのは間違いないが、これまで築いたホルンベルガー家の名声と偉業が、処罰をややこしいものにしていた。
「処罰はさておき、婚約破棄は確定ですな」
一人の大臣が言い放った。元々素行の悪いブリュンヒルデが皇太子妃になることを反対していた彼はこれを好機と判断した。
「皇后陛下もホルンベルガー嬢を婚約者から外すために動いていらっしゃると聞いております。まったくもって素晴らしい判断かと」
皇后は一瞬言葉につまった。しかし、反論する材料がなかった。
「やむを得ませんね」
無表情の彼女だが、心の内は失望で一杯だった。
(彼女は変わったと期待していたのに……残念だわ)
「確かに、いかにホルンベルガーが代々の忠臣とはいえ、農村焼き討ちは看過できん。婚約破棄の上、しかるべき処罰をする他あるまい」
皇帝の顔は苦悩に満ちていた。ホルンベルガー公爵は親友でもある。その娘を処罰することに抵抗があった。
皇帝の心情をいち早く察知した大臣が言った。
「さ、さいわい死者はいなかったようです。なんでも、領民を退避させたうえで火をつけたとか……。ですので、処刑ではなく賠償金でいかがでしょうか」
「それで民は納得するか? 放火どころか焼き討ちだぞ。火付けは火あぶりだと決まっている。いくら公爵令嬢だろうと罪は身をもって贖わなければならん! 処刑ができんというなら幽閉すればいい」
正義を愛する大臣のレーブライン侯爵が言う。
皇帝は難しい顔をした。彼の言い分がもっともだった。夫の苦悩する姿を気遣った皇后は息子に意見を聞いた。
「皇太子、あなたの意見はどうでしょうか」
「はい、皇后陛下。お答えいたします。身分が高かろうと焼き討ちは許されることではありません。しかし、令嬢の行動が不可解なのも事実、調査の上で判断した方がよいでしょう」
ヴォルフラムは淡々と言った。ブリュンヒルデは悪党ではあるが、何の利点もない行動を彼女がするとは思えなかった。もしかしてケルシャの何かがカンに触ったとかいう下らない理由なら処罰は当然だ。だが、ヴォルフラムは親友たちが『ブリュンヒルデが変わった』という言葉を信じたかった。この事件が帝都に届いた後、彼らはヴォルフラムに何も求めなかった。てっきり、ブリュンヒルデの擁護をすると思ったヴォルフラムは意外で、ついエミリオに理由を尋ねた。
『これは私の個人的な意見ですが』
と前置きしてエミリオは言った。
『私はホルンベルガー嬢が犯人とは思えません。婚約破棄されるかどうかの瀬戸際でわざわざケルシャにまで行って火災を起こす必要があるでしょうか? 火災は結果であって、何か別の目的があったとみるべきです。それが故意か嵌められたのかはわかりませんが』
エミリオは淡々としていた。てっきり、盲目的にブリュンヒルデを擁護するとばかり思っていたため、ヴォルフラムは呆気にとられた。だが、それがよりヴォルフラムを慎重にさせた。ヴォルフラムはエミリオたちに調査を命じた。
(エミリオは優しいが、それで判断を誤る男ではない。俺も彼女を信じてみよう)
ヴォルフラムはブリュンヒルデのためでなく、親友たちのために擁護の立場を取った。ブリュンヒルデの被害を一番受けていたヴォルフラムが擁護に回ったことで、場の空気は一気に変わった。
「確かに、事実確認は大事ですな」
正義を愛する大臣、レーブラインが折れた。
ほっとする皇帝、安堵する皇后、緊張が解れる大臣たちにヴォルフラムは柄にもなく笑みが浮かんだ。




