第二十三話 燃える炎
飲み込まれそうな暗い森の中で、ノイラートが子供……レイルを見つけたのは果樹園の奥にある炭焼き小屋だった。ぐっすり眠りこけていた坊やをノイラートが背負い、オルフが伝書バトを飛ばして無事を伝えた。
「お疲れ様です。お嬢様。さて、お次はどうされますか? 私としてはこのまま屋敷にお戻り願いたいのですが」
「アハハ。そのつもりよ。さすがにこれ以上、無謀なことはしないわ。魔獣狩りは部隊を編成して改めて行いましょう」
子供が助かり、クララが不在の今は進むべきではない。
「御意。お聞き届け下さってありがとうございます。さあ、帰りは飛ばして帰りましょう。お嬢様が振り落とされないように、失礼してお身体を支えます」
ミレッカーは言葉通り、ブリュンヒルデの肩に手を添えて行きよりもはやい速度で馬を操った。
(人馬一体ってこの事よね。片手でこんなにもうまく馬を操れるなんてすごいわ)
ブリュンヒルデは感動した。
ちらりと振り返ると後方に子供を担いだオルフ卿と殿を務めるノイラート卿が見える。
頼もしい騎士たちの存在にブリュンヒルデは緊張がほぐれる。これが馬上でなければとっくの昔に眠りに落ちていただろう。ブリュンヒルデは夜の森をぼうっと見ていた。
ふと、そこにチカっと何かが光った。
「ミレッカー卿、何かが光りました」
「ノイラート、確認を急げ」
「御意」
ノイラートが周囲を見渡した。
「奥に何かがあるようです。繭のようです」
カンテラで照らしながらノイラートが答える。その言葉にブリュンヒルデは吹き出しそうになった。
「ま、まゆ?」
「……かなり大きな繭です。お嬢様の言葉を借りれば魔獣のような」
ブリュンヒルデは冷や汗を垂らす。繭に包まれた魔獣となるとかなりのレベルだ。羽化すればとてもじゃないが人間に太刀打ちできない。
「繭越しにですがうっすらと目のようなものが光っています。動きはありませんが、すぐにでも離脱しましょう」
落ち着いた声だが、緊張感がひしひしと伝わる。
ブリュンヒルデとしてもすぐに逃げ出したい。だが、これをこのまま放置しておくとケルシャは終わりだろう。
「ミレッカー卿。火を放ってください。今すぐ」
領民は全て退避した。クララもヘルモルト卿が連れて行ってくれた。そしてここは風上だ。農地に広がることはないだろう。
「……そうでもしないと倒せないと?」
「人間が敵う相手ではありません。さっきの魔獣の100倍は厄介ですよ」
直接確認していないので魔獣が何かわからないが、ラテルガーは経験値が一ケタの雑魚魔獣、進化するタイプの魔獣は経験値が三ケタだ。最低でも100倍強いだろう。
ミレッカーは即答しなかった。
端正な顔を少し歪めてブリュンヒルデに問い返す。
「ここは森です。最悪、森が全焼する恐れもあります。延焼して農地も焼けるかもしれません」
「……わかっています。ですが、ここで一網打尽にするほか道はありません。見落としてしまう卵もあるでしょう。ケルシャの作物は全国に輸送されます。そこで魔獣が増えれば帝国全土が魔獣の危機に陥ります。焼き払うことで被害が最小限に抑えられます」
ブリュンヒルデの言葉にミレッカーは一瞬呆けた顔をした。
「そこまでお考えとは……わかりました。御意に従います」
ミレッカーはそう言って笑うとノイラートに枯れ枝や落ち葉を集めさせると繭の周辺にちりばめて点火させた。
「離脱しましょう」
ミレッカーはそう言い、馬を走らせる。パチパチと音を立てて木々が燃えていく。真っ赤な炎はじきにここ一体を焼けつくすだろう。火の勢いが強まるにつれ、ブリュンヒルデの体はガタガタと震え出す。今更ながらに自分の引き起こしたことに恐ろしくなったのだ。




