第二十話 思わぬアクシデント
数人の護衛騎士とクララを伴ってブリュンヒルデは夜の農村を馬で駆けた。墨で塗りつぶしたような真っ黒な景色に恐怖を覚えつつ、ブリュンヒルデは奥へ奥へと進む。
ブリュンヒルデは護衛騎士ミレッカーの馬、クララはヘルモルトの馬に乗っている。どちらとも凛々しい美青年で、サラ艶髪の涼し気なイケメンがミレッカー卿、短髪で精悍なワイルドイケメンがヘルモルト卿である。
ブリュンヒルデが振り返ってクララに問えば、緊張した面持ちながら力強い声が返ってきた。
「クララ、気分は平気?」
「は、はい。元気です!!」
(うーむ。薔薇の乙女のカンは反応なしか……)
ブリュンヒルデは気配ではなくクララの気分を基準にして魔獣を辿ろうと考えた。しかし、今のところ成果はない。
暫く進んだ先で声を上げたのは護衛騎士のノイラート卿だった。
「ミレッカー隊長。あちらで音が!」
「ノイラート卿、オルフ卿、確認を頼む! お嬢様方、けして動かぬようお願いします」
小隊長のミレッカーが叫ぶ。
先を行く騎士二名が剣を抜いて藪に向ける。ガサガサっと葉がうごめいて黒い物体が飛び出した。
全員に緊張が走ったが、飛び出してきたのは一匹の鹿だった。怯えた小鹿はこちらをチラっと一瞥して一目散に逃げていく。
「びっくりした……わ」
ハアとため息を吐くブリュンヒルデにミレッカーは苦笑する。
「夜はいろんな動物が動き出しますからね。お嬢様、どうか屋敷で待っていてくださいませんか。子供を心配するお気持ちはわかりますが、我々はお嬢様を守るのが最重要任務です。ここにいてもお嬢様を危険にさらすだけでとても捜索に気持ちを裂く余裕はありません」
ミレッカーが端正な顔を近づけてこんこんと諭す。馬に乗れないブリュンヒルデのために、同乗してくれているためかなり近い。
(イケメンの顔、近いっ近いっ!! くっそーモブなのになんでこんなに顔が良いんだ……。ついうっかりイエスって言いそうになるじゃない!! そういや、美しいものを見た時、脳が化学変化を起こすんだったっけ。キャラと違って見慣れていない分破壊力がはんぱねえわ)
ブリュンヒルデはイケメンの恐ろしさに身震いした。
だが、こちらも外側だけなら絶世の美女、負けるわけにはいかない。
「ミ、ミレッカー卿、お気持ちはわかります。お荷物なのも重々承知しています。ですが、わたくしにも引けない事情があるのです!!」
(魔獣が出るからだよ!!!!でもどうせ信じてもらえないんだよ!!)
心の悲鳴は押しとどめながらも、きっぱりと言い切るブリュンヒルデにミレッカーは目を丸くした。とりとめもないことで怒鳴り散らす彼女を幾度か見たことはあるが、今のように状況を理解した上で強い意志を示したことはなかった。
驚くミレッカーとブリュンヒルデはしばらく見つめ合った。ブリュンヒルデは祈る思いで彼を見つめた。
「……お嬢様。お気持ちは分かりました。子供の捜索は他の部隊に期待して我々はお嬢様の夜の散歩にお付き合いしましょう」
言い方が何気に酷いが、ミレッカーなりの譲歩だ。
(顔に反して中々の皮肉屋じゃないっ!! くっ……苛立たないのはイケメンだからか!イケメンだからか!!)
何か負けた気がするブリュンヒルデだが、強制送還にならないだけマシだ。
「……わがままを聞いて下さりありがとうございます。ミレッカー卿」
「いえいえ。お嬢様のわがままを聞くのも護衛騎士の任務ですから」
さらりと吐く毒舌にブリュンヒルデは苦笑する。
和やかとは言えない会話だが、少しだけブリュンヒルデの肩の力が抜けた。