第十九話 おののく腐女子
公爵令嬢一行は代官の屋敷に滞在することになった。子爵より先に到着したことで避難がまだ始まっていないことにブリュンヒルデは戦き、すぐに避難を開始するように命令した。「種まきが」「家畜の世話が」とブリュンヒルデを諫める代官モラートの言葉は至極もっともだったが、ここで魔獣を駆逐しないと国土全体が被害を受ける。もちろん、彼らの農地も家畜も食い荒らされるのだ。
ケルシャ一帯を荒らしているのは『ラテルガー』という雑魚魔獣だ。雑魚と言っても覚醒後の主人公たちにとってと言う意味で、生身の人間にとって非常に厄介である。
(たしか基本モデルはラーテルなのよね。世界一怖いもの知らずの獣って呼ばれている奴……。プロデューサーがインタビューで言ってたわ)
ブリュンヒルデは一生懸命、前世の記憶を思い出す。プロデューサーが自慢げに話していた内容が一気に頭の中に溢れる。
『ラーテルは世界一頑丈な装甲を持つ獣で、ライオンの獲物を横取りした挙句逆ギレして追い払うほど自己中心的な性格なんですよ。コブラの毒すら効かないし、散弾銃だって跳ね返す。「雑魚魔獣だけど人間が倒すのは厄介」というイメージにぴったりだったんですよね。』
余計なプロデューサーの一言まで思い出し、ブリュンヒルデはぐぬぬと頭を抱える。
(厄介どころじゃないわよ!! どうやって駆逐すればいいのよ!!)
ブリュンヒルデは泣きそうになった。
この世界、銃らしきものはかろうじてあるが、精度が低い。それに性格のひん曲がったプロデューサーに強化されたラーテルもどきに効くという保証もないのだ。唯一、火が効くというが、これは最終手段にしたい。延焼した場合の被害は魔獣と大差ないだろう。
頭をかき乱してうんうんと頭を悩ますブリュンヒルデに更なる騒動が持ち込まれた。今現在、ケルシャ村は封鎖状態にある。といっても、柵で囲われているわけでもなければ、有刺鉄線で囲っているわけでもない。村民に一時退去をして中をカラにしている状態だ。そして、そんな中、とある一家のワンパク坊主が「忘れ物がある」と取りに戻ったらしい。すぐに戻ると悠長に構えていたらしいが、夜になっても戻らないので心配になった……というのが家族の陳情である。
それを聞いたブリュンヒルデは泡を吹いた。一瞬気が遠くなった。今まで現実逃避は何回もあるが、脳神経レベルで現実逃避しそうになったのはこれが初めてだ。踏みとどまったのは、クララの声に反応したせいだ。
「ブリュンヒルデ様。わたし、お役に立てるか不安ですが、捜索隊に加わりますっ!」
クララはブリュンヒルデの魔獣話を信じてくれた一人だ。もう一人は専属侍女のレナである。
「ありがとう! すぐに捜索を始めましょう! あなたたちは小隊単位で捜索を開始して、異変があったら閃光弾を飛ばして。絶対に単独行動はしないこと!」
「お、お嬢様は屋敷でお待ちください! 危険すぎます!」
ブリュンヒルデは代官や護衛騎士、レナにまで止められた。普通に考えて公爵令嬢なんていう大物が夜に出歩くなんてもってのほかである。さらには獣の被害が危惧されている場所だから、代官が必死になるのも当然だ。
(君たちの言うことはもっともだし、私もできることなら布団にもぐって寝ていたいっ!!けれどこの戦いはクララが覚醒しないと負けちゃうんだよっ!!覚醒条件は……精神的なショックを与えることっ!)
薔薇祭りの当日、暴れ狂う魔獣の爪でクララの友人は怪我を負ってしまう。それを見たクララは薔薇の乙女として覚醒し、魔獣を降伏させた。
(会ったばっかりだけど、私が怪我することでクララが覚醒してくれればいい……覚醒したクララは治癒能力が使えるから、少しだけ痛みを我慢すればいいのよ)
ブリュンヒルデは恐怖で顔をひきつらせながらも、覚悟を決めた。犠牲的精神ではなく打算である。
「行きましょう。クララ」
「はい! ブリュンヒルデ様!」




