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カプ固定過激派の腐女子、悪役令嬢に転生する。  作者: りったん


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第十五話 腐女子、焦る

 時は少し遡る。

 ルドルフとエルンストの来訪を告げられた時、ブリュンヒルデは大いに動揺した。

 なぜなら、ルドルフはともかくエルンストはブリュンヒルデの天敵と言える存在だからだ。なんだかんだで、ヴォルフラムやエミリオ、ルドルフたち主要なキャラクターは紳士である。ブリュンヒルデがいかに悪辣でどうしょうもない悪役でも最低限の礼儀だけは守った。

 ところが、合理的なエルンストは邪魔者を消すことに躊躇しない。ゲームでブリュンヒルデがオチ要因となったとき、そこに必ずエルンストの姿があった。

「落ち着け落ち着け、物語が動き出すのは薔薇祭りが始まった後! それにホルンベルガー公爵家の娘をどうこうできるほど今のエルンストに権力はないわ」

 ブリュンヒルデはガタガタ震えながら、必死に『大丈夫な理由』を考えた。


 なお、会わない選択肢はなかった。せっかくこの地に生まれたのだから、生で二人を見たいという下心があるからだ。

 こうしてブリュンヒルデは冷や汗を垂らしながら、出迎える準備をした。しかし、ドレスの着替えにかなり手間取ってしまい、二人を待たせることになった。マルティア夫人は気にするブリュンヒルデを擁護し、「突然の来訪をした彼らが悪いのです。待たせておいて問題ありませんわ」と言い切った。侍女や執事たちもその意見に賛成だった。

 しかし、遅刻は悪と教え込まれた日本製腐女子魂は、心の中で泣きながら二人の待つ客間に行った。


 ハニーブロンドと赤毛と中性的な少年と青年じみた体躯の少年。不釣り合いだが、ゲームを良く知るものはこの二人が並ぶと安心する。エルンストとルドルフは二人で一つ、エミヴォル至上主義のブリュンヒルデでさえ、「どっちが右か左かわからないけど、とりあえずこいつらはセット」と考えるほどだ。もちろん、過激なファンの間ではどちらが受けかでし烈な論争が繰り広げられていたのだが、他カプに興味がないブリュンヒルデはどうでもよかった。

 そのため、二人を前にしたときブリュンヒルデは安心しきって、自然と笑顔が浮かんだ。

 だが、二人の口が半開きになったところで雰囲気がおかしいことに気が付いた。

(どうしたっていうの? エルンストからの嫌味の一つや二つ覚悟したのに)

 戸惑いながらもブリュンヒルデは笑みを維持した。ようやくエルンストが動いて紳士としての挨拶をした。手の甲にキスは凄まじく気恥ずかしかったが、綺麗なエルンストの顔は目の保養だった。

 固まったままのルドルフをエルンストが庇うのも、オタク心を満足させた。

(そうそう! なんだかんだでエルンストはルドルフ思いなのよね~。いやー純粋な友情は見てて気持ちが良いわ)

 ヴォルフラムとエミリオも純粋な友情なのだが、腐った思考が大樹の根のように張り巡らされているブリュンヒルデにその理屈は通らなかった。

 とにもかくにも、ブリュンヒルデは二人の友情を気持ちよいものとしてとらえ、微笑ましく見た。

「わたくしで良ければ、なんなりと協力いたしますわ」

「ありがとうございます。と申しますのも、昨日、下士官の間で乱闘騒ぎがありました」

 もちろん嘘だ。事実を誇張しているだけだった。しかし、ブリュンヒルデは驚いた。こんなことは原作にない。

「まあ、それは大変ですわ。どなたもお怪我はありませんでしたか?」

「ご心配には及びません。それに武人というものは、訓練でいつもどこかに傷を抱えているものです。このルドルフも騎士見習いの時は生傷が絶えなかったものです」

 ルドルフは自分の名前を出されてびくんと肩を跳ねさせた。ブリュンヒルデは好奇心いっぱいの猫のような目で赤毛の騎士を見た。

「ビアステッド卿の今日こんにちは血のにじむ鍛錬のたまものですのね。ご立派ですわ」

 ブリュンヒルデは心から褒めたたえた。外伝や攻略本でルドルフがこの地位を得るためにどれほど苦労したのか知っている。エミヴォル信者のブリュンヒルデですら胸を打ち、ルドルフのクラスタはSNSで悲痛な叫びを垂れ流していた。

 感情のこもったブリュンヒルデの言葉はルドルフの心臓に深く刺さった。どれだけ鋭いモンスターの爪も、激情にかられた蛮人の矛もルドルフにこれほどの傷を負わせたことはなかった。絶世の美女の口からこぼれる言葉はどんな名刀よりも優れた武器だった。

「……ありがとう、ございます」

 ルドルフはやっとそれだけを喉から絞り出した。膝の上で拳がぎゅっと握られる。ルドルフの顔は俯き、百合柄の絨毯だけを見た。

「ホルンベルガー嬢はまるで見てきたようにおっしゃられるのですね。幾人もの令嬢がルドルフを褒めたたえましたが、ここまで心がこもったものを私は初めて耳にしました」

 エルンストの言葉にブリュンヒルデは冷や汗が出る。見てきたというよりは知っているだけだ。カンニングで最高得点を叩き出したような、そんな気分だ。褒められても後ろめたさが肥大する。

「ほ、他のご令嬢も同じように心を込めたと思いますわ。ただ、わたくしは幸運にも、……騎士団方の戦いぶりを耳にすることがありましたので」

「もしや、新聞をご覧になられたのですか? 血なまぐさいものが多く、ご婦人方は好まれないと思いましたが」

 この世界、新聞は男性が読むものとされる。というのも、未来の騎士たちのためにモンスター退治や動乱鎮圧、はては凶悪事件までつぶさに記されており、女性が読むには刺激が強すぎるのだ。よって、女性は新聞の代わりに女性用の雑誌を読む。騎士の活躍はマイルドに書かれており、どちらかというとファン目線の記事だ。

 なお、紙が高価であるため、上流貴族の特権でもあった。

「おほほほ。文字を読むのは好きですので」

 ブリュンヒルデは曖昧に答えた。文字情報なのは確かである。

「そうでしたか。それは喜ばしい。私も読書が趣味でして、何かおすすめのものはありますか?」

 エルンストは身を乗り出して聞いてきた。ブリュンヒルデは返答に詰まる。前世はともかく、この世界で読書はほとんどしていないブリュンヒルデは先送りにした。

「ふふ。ベネシュ卿が興味を持たれるようなものを探しておきますわね。それよりも、わたくしに何かご用件があったのではなくて? 優秀な側近のお二人を引き留めてしまっては、皇太子殿下に顔向けできませんわ」

(下士官の乱闘のところから話が全然進んでいないよ~。言いにくい話をするとき、全然ちがう話をして緊張を解すってのはコーチングの手法って聞いたことあるけど、それにしたって長すぎるわ)

 ブリュンヒルデの推察通り、エルンストは別の切り口からブリュンヒルデの心を開かせようとしたのだが、美しく、また意外性を持つ彼女との会話にのめり込んでしまったのだ。ゲーム開発者にして『容姿だけは老若男女問わず虜にする美貌』と言わしめたブリュンヒルデの外見はダテではない。

 ブリュンヒルデは話を逸らすため無理やり軌道修正した。エルンストはその連れない態度に衝撃を受けた。美しくてユーモアのあるエルンストを邪険にする人間はほとんどいない。年頃の令嬢はすべからくエルンストに好意的だったから、彼のショックは計り知れない。

 ブリュンヒルデの前に見えない壁があるような気がしてエルンストはそれがたまらなく不快に思えた。どうにかしてブリュンヒルデの仮面を引っ剥がしてやりたい。モテ街道を歩んできたエルンストの意地ですらあった。

「ホルンベルガー嬢、私の事はぜひエルとお呼びください。そして美しいあなたの御名を口にする栄誉をお与えください」

 エルンストの言葉にブリュンヒルデは一時的に思考が止まった。

(へ? エルンストってブリュンヒルデを敵視してなかったっけ? ってことはこれは私を陥れる罠! それにヴォルフラムの婚約者の私が殿方と愛称呼びしていたら婚約破棄待ったなしだわ)

 ブリュンヒルデは腹黒キャラとファンの中で名高いエルンストの心中を邪推した。なお、エルンストは腹黒ではなく、ファンたちが『そうだったらいいな』ということで二次創作界隈で普及した非公式設定である。ヴォルフラムを守るため、ブリュンヒルデを敵視していることのみ真実である。

「おほほほ。光栄なお申し出ですけれど、わたくしは皇太子殿下と婚約している身、他の殿方の名を親しく呼ぶのは憚られますわ」

 ブリュンヒルデはにっこり笑った。罠に引っかからないぞという意思表示だったのだが、その敵意を感じたエルンストの胸は痛んだが、それを覆い隠すように綺麗な笑顔を向けた。

「そうですか、残念です」

「おほほほ」

(トラップ回避成功したかな?)

 安堵するブリュンヒルデとは逆にエルンストの胸中は荒れていた。ブリュンヒルデの言葉を頭では理解しているのだが、胃がむかむかとした。

「失礼、配慮が足りませんでしたね。……コホン。実は乱闘騒ぎにはホルンベルガー嬢が関わっているのです。といっても、こちらのお屋敷で頂いたこちらの食べ物と飲み物なのですが」

 エルンストが話す傍ら、ルドルフが鞄から補給食と瓶をテーブルに出した。

「あら、これは補給食とエナジードリンクですね」

「ホルンベルガー嬢が考案なさったと聞きました」

「作るように指示をしたのはわたくしですが、考案したのはわたくしではありませんわ。読み物に書かれてあったのを思い出してシェフに作ってもらったのです。宮殿の騎士の方がなぜこのお菓子をお持ちなのかわかりませんが」

 ブリュンヒルデは眉を八の字にする。

「昨日、こちらにお邪魔したハルティング卿の護衛が、滞在中にこのお菓子を提供して頂いたそうです。あまりにも美味だったため、宿舎に持ち帰り……争奪戦が勃発してしまいました」

 貴人が用をすます最中、馬車は専用のスペースに移動する。その際、供の人間は別室に案内されるのだが、公爵家の使用人は「ウチのお嬢様が考案されたお菓子です」と自慢するために、この二つを出してしまったのだ。朝練で疲れていた彼らにとってこの二つは神の恵みのように思えた。マラソン後の一杯の水でさえ至高の美味である。あまりにも感銘を受けた騎士はいくつかを包み、飲み物を水筒に移し替えて持って帰った。そして宿舎でこっそり楽しむつもりが、他の仲間に知られてしまい、ちょっとした騒ぎになったのだ。乱闘というのはブリュンヒルデの興味をひくために、エルンストが誇張しただけである。

「あらそうですの。皆さんが気に入って下さったのなら嬉しいことですわ。レシピをお届けしますので、そちらの料理人に渡して下さいな。色々アレンジできるので、好みのものを仕上げてくれることでしょう」

 ブリュンヒルデは淡々と言った。美形のセットは眼福だが、推しではないので数十分もすれば飽きてくる。さらに言えば、エルンストはエミヴォルの前に立ちはだかる最強の敵でもある。

(うまく言いくるめられて婚約解消の手続きとかされそう……。エミヴォル達成のためにも早くお帰り頂かなきゃ。君子危うきに近寄らずよっ!)

 ブリュンヒルデの警戒心いっぱいの態度にエルンストはそれ以上踏み込むことをやめた。

「……レシピを頂けるのであれば、とても助かります」

「近日中にお渡ししますわね。他に何かございますかしら?」

 ブリュンヒルデは笑顔で『はよカエレ』を滲ませるが、エルンストはさらに食い下がった。

「令嬢の叔父上、シュターデン侯爵がペラグラ症の解決策を見つけたそうで……令嬢はご存じですか?」

 ブリュンヒルデは頷いた。

「ええ。と言いましても、解決策を見つけたのはどこかの学者先生だったはずですわ。研究資金が足りずに研究を断念されるというので叔父が出資したのです」

 ブリュンヒルデの返答にエルンストは驚いた。てっきり、己の手柄にすると考えていたのでその返答は予想外だった。

「令嬢はその手伝いを?」

「いえまったく」

 ブリュンヒルデは不思議そうに答える。エルンストがなぜそんな質問をしたのかわかりかねた。しかし、少し考えて見当を付けた。

「ああ、ご心配なく。わたくしは一切関与していませんので安心してくださいな。一人の研究者が血のにじむ思いで成し遂げた偉業です。すぐに結果はでないでしょうが、ぜひ見守って下さい」

(悪女ブリュンヒルデが何かしかけていると思ったのね~。警戒するのも当然だけど、一生懸命頑張った彼が色眼鏡で見られるのは困るわ)

 ブリュンヒルデは弁明した。

 エルンストはその答えを聞き、ますますブリュンヒルデの人となりが分からなくなった。

(人の手柄を奪うことなく、素直に称賛する。皇后陛下と約束があるというのに、なぜあっさりと手放すことができるんだ?)

 エルンストはさらに踏み込んだ。

「令嬢、失礼ながら皇后陛下との約束は存じております。ペラグラ症の解決は条件を満たすものではないでしょうか? それをあっさり他人の手柄だと言い切ることが私には理解できません」

 エルンストの返答にブリュンヒルデは苦笑いした。

(いや、私も一瞬そう思ったよ~。今でも揺らいでるよ~)

 しかし、腐女子としてのプライドがそれを許さなかった。一次があるからこそ二次創作ができる。かの研究者の論文が公式だとすれば、ブリュンヒルデはあくまで外野に過ぎない。公式を相手取って「あれは自分が作ったんだ~」なんて恥でしかない。

 ブリュンヒルデはエルンストの顔をまっすぐみた。

「ベネシュ卿。人が考案したものをさも自分のもののように扱うのはわたくしの信条に反します。むしろ生み出した方へ感謝するべきなのです。ただ、それだけです」

 エルンストはそのまっすぐな視線に、ブリュンヒルデの人となりを見た。

(彼女は……悪女なんかではない。悪女が、ここまで信念を持ち、他者に敬意を払えるわけがない)

 いかにエルンストでも、彼女の奥底の腐った考えまでたどり着くことはできず、表面に思いっきり騙された。

 エルンストは彼女に深く謝罪をした。

「今まであなたを誤解していました。申し訳ありません」

 心のこもった丁寧なあいさつだったが、天敵と長く居たくないブリュンヒルデは適当に流した。

 エルンストはそれを確かに感じ取り、そしてぎこちない動きのルドルフを伴って退室した。ブリュンヒルデは二人を見送った後、腕をうんと伸ばして固くなった体を緊張と共に解した。


「ふぅー。気疲れしたわ。ポテチとコーラでのんびりしたい気分……」

 ブリュンヒルデは考える。

(ええっとポテチはたしかじゃがいもをスライスして油で揚げるんだったっけ。アメリカのどっかのホテルが発祥だったのよね。コーラは砂糖とシナモンとグローブ、カルダモン、レモン…後は)

 前世、手作りが趣味だった友人のうんちくを思い出す。彼女のホームパーティにお呼ばれして美味い食事に舌鼓を打ち、専門的な解説付きで堪能したものだった。

 ブリュンヒルデは友人との思い出を噛みしめながら、クラフトコーラとポテチをレナに頼んだ。優秀で努力家なシェフは最高に美味しいものを届けようと懸命になった。

 その日の夕食、食前酒の代わりにクラフトコーラが供され、冷菜の次にローズマリーとブラックペッパーが効いたポテチが出た。

 職人魂が刺激されたシェフが第一弾で揚げあがったポテチを試食し、色々と研究を重ねたらしかった。オリーブオイルとじゃがいもの甘みがマッチし、ブラックペッパーと岩塩、そしてローズマリーが絶妙なアクセントで大変美味だった。

 しかし、これじゃない……。


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[一言] ちゃんと作られるとジャンクフードから離れるのあるある…!クラフトコーラとおしゃれポテチ、自作するとなりがちなやつ…!!
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