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第十三話 腐女子、疑われる

 銀の皇太子、ヴォルフラムは友人の顔色が悪いことにすぐ気が付いた。夕暮れよりも前、最愛の友は暗い顔でヴォルフラムの下に戻って来た。外出着ではなく、前身頃に二列並びのボタンと飾り紐の装飾が施された紺色の、近衛騎士の制服を纏っている。

 お茶会に最後まで出席していたなら、もっと遅い時間に戻るので、ヴォルフラムはなんとなく事情を察した。

「やはり追い返されたか。性根は変わっていないのだな」

 がっかりすることもなく、ヴォルフラムは淡々と答えた。これまでブリュンヒルデにさんざん振り回され、精神的疲労を余儀なくされたヴォルフラムはまったく期待をしていなかった。

 ヴォルフラムは嫌な役目を押し付けた友人を労った。

「エミリオ。すまなかったな。愚痴を聞くくらいしかできないが、まあ、座れ。今日は俺が茶を入れてやろう」

 ヴォルフラムは友人の喜ぶ声を期待したが、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。

「……ヴォルフラムさま。明日、公爵邸に行って頂けませんか」

 驚いて振り返ると青い目と交差した。眉間に寄せられた皺、瞳の奥に潜む強い意志、並々ならぬ熱をヴォルフラムは感じた。

「一体どうした」

「ブリュンヒルデ嬢は私に会うなり気絶されました。きっとヴォルフラムさまに、見捨てられたと思われたのでしょう」

「気絶だと?」

 ヴォルフラムは目を丸くする。

「私の目の前で倒れられました。医者が言うには酷いショックを受けたせいだと」

「……そうか」

 ヴォルフラムは後ろめたさから視線を落とした。ブリュンヒルデの性格上、演技で気を引く真似はしない。苛烈だが、いつでも直球なところは好ましかった。

「エミリオ。それならば、なおのこと俺は行かない。希望を持たすだけ持たして突き放す方がブリュンヒルデにとって酷だろう」

 ヴォルフラムは言った。

 その言葉はエミリオの納得の行くものだった。

「おっしゃる通りです。差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした」

「気にするな。お前の優しさは長所なのだから」

 ヴォルフラムはそう言って慰めると、前言の通りに茶を入れて、友をもてなした。


「殿下、ルドルフです。入ってもよろしいですか?」

 ノックの音と共に、聞きなれた友人の声が響いた。ヴォルフラムが許可をすると精悍な顔つきの赤髪の少年が入って来た。体格がよく、大人とそん色のない体躯を覆うえんじ色の軍服は王立騎士団のもの、さらに銀の飾り紐は騎士班長を意味していた。

 彼はいつも真面目な顔つきだが、今日はそれに輪をかけて深刻そうだった。思いつめたような目に険しい顔つきは、彼が難題にぶち当たっている証拠だった。

「さっそく、本題に入らせていただいても?」

「構わない」

 ヴォルフラムは促した。

「長年、海軍が悩まされていたペラグラ症が近々解決できるようです。あれは感染症ではなく、壊血病と同じで栄養素の不足が原因だったようです」

 彼の言葉にヴォルフラムとエミリオは目を見張る。

「ほう。それは凄いな。事実ならば喜ばしいことだ。しかし、お前が私に話を持ってくるということは何か懸念事項でも?」

「この件はホルンベルガー公爵令嬢の叔父、シュターデン侯爵です。小官の知己に海軍のものがおりまして、その伝手で知ることができました」

(なるほどな。母上が出した条件を達成するために叔父を巻き込んだか……。シュターデン侯爵は海運業で帝国の流通を担う。敵に回すのは厄介だな)

 ヴォルフラムの表情が見る見るうちに不機嫌になった。

「病の解決は喜ばしいが、それをブリュンヒルデが利用するとなると厄介だな。母上の掲示した条件を容易く突破してしまう」

 ヴォルフラムが言うと彼は頷いた。

「しかし、結果が出るのはまだ先かと。とても薔薇祭りまでに間に合うとは思いません」

「それもそうだな」

 ヴォルフラムはようやく表情を緩めた。

 ルドルフは少々顔を曇らせた。

「他にまだ何かあるのか?」

「ええ……これをご覧いただきたく、お持ちしました」

 ルドルフは鍛錬の痕が濃く残る指でテーブルに液体の入った瓶と紙に包まれた小菓子を置いた。

「これは?」

「小官の部下どもが持っていたものです。飲むと疲れが癒える飲み物、そして小さいながら飢えを満たす食べ物です」

 ルドルフの言葉にヴォルフラムとエミリオは目を丸くする。

「さては違法薬物か?」

「わかりません。小官の部下どもが奪い合っておりましたので取り上げました。出所を探ると、本日、ハルティング卿の供をしたものが土産にくれたものだと判明しました」

「なにか良くないものが仕込まれていたのか?」

「調べてみないことにはわかりませんが、話を聞くとホルンベルガー嬢が考案したものだそうです。これに害がなければ、補給食として採用したく、殿下にご相談に上がりました」

 ルドルフの深刻な顔は、ヴォルフラムに却下されるかもしれないという不安から来ていた。大型犬のように主人に忠実な彼は、ヴォルフラムが否を唱えればそれに必ず従う。そして、渦中のブリュンヒルデ・ホルンベルガーを主人が苦手とすることも理解していたため、沈鬱な気分でもあった。

「これをブリュンヒルデが? 信じられん。本当に彼女なのか? 誰かの手柄を横取りしたわけでなく?」

 ヴォルフラムはもう一度聞いた。

「はい、話を聞く限りでは」

「となると、採用するにしても、ブリュンヒルデから詳しい製法を聞く必要があるわけだな。皇太子妃の座と交換するカードのつもりかもしれない。ペラグラ症の特効薬の開発が間に合わないと考えて二重に準備してきたか」

 ヴォルフラムはうがった見方をした。

 彼の性格が悪いのではなく、ブリュンヒルデが彼の信頼を裏切ってきた結果だった。一方、昨日までなら、エミリオは主君と同意見だったろうが、目の前で倒れるブリュンヒルデを見た彼は、そうあっさりと切り捨てられなかった。それでも、ヴォルフラムの気持ちもわかるため、ブリュンヒルデの擁護のための言葉はエミリオからは出ず、喉元で燻っているだけだった。

 沈黙するエミリオを不思議に思いながらも、ルドルフは自分の意見を言う。

「それでしたら、口達者なエルンスト……ベネシュ卿に任せるべきですな。彼でしたらホルンベルガー嬢から見事、情報を得ることができるかと」

 ルドルフは悪縁の男の名前を上げた。稀代の天才少年と名をはせるエルンスト・ベネシュ・クロイツァーは宰相の息子で、その優秀さから高等学院で教鞭を取っている。また内務省の三席の椅子を勝ち取り、大人に混じって国の運営をその手で支えていた。

 ヴォルフラムは優秀な側近の一人を思い出して納得した。

「たしかにそうだな。よし、ルドルフ。明日にでもエルンストと一緒に偵察に行ってこい。今日中に公爵家へ俺の側近が向かうと報せておく」

「ありがとうございます」

 ルドルフはヴォルフラムに礼を言うと、証拠品を鞄に収めて戻っていった。その時のエミリオの顔は何か言いたそうなのをヴォルフラムは見逃さなかった。

 扉が閉まった後、ヴォルフラムはエミリオに聞いた。

「どうした? お前も行きたかったのか?」

 ほんの冗談のつもりだったのだが、それはエミリオの核心をついていた。彼は歯切れ悪く答えた。

「……ホルンベルガー嬢の体調が気がかりでしたので」

 エミリオの返答にヴォルフラムはふっと微笑む。

「本当にお前は優しいな」

 と。


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