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カプ固定過激派の腐女子、悪役令嬢に転生する。  作者: りったん


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第十話 新しい味方

 一夜明けてもブリュンヒルデに名案は浮かばなかった。目を充血させ、隈ができたブリュンヒルデを公爵家の使用人は心配し、食堂で娘の哀れな姿を見た公爵夫妻は心を痛めた。

「まあ、ブリュンヒルデ。一体どうしたの?!」

「可哀そうに目がはれ上がっているではないか。ちゃんと冷やしたのか?」

「ご心配には及びません。レナたちが冷たいタオルで冷やしてくれました。これでもだいぶ良くなったのですよ」

 にこやかにブリュンヒルデが言うが、つらさを堪える痛々しい姿に見えた。

(北宮殿で何かあったのかもしれん)

(皇后さまから叱責されたのかしら? それともヴォルフラム殿下から辛く当たられたとか?)

 公爵夫妻は考え得る最悪のことに思い至った。

「ブリュンヒルデ、悩んでいることがあるのならわたくしたちに話してもらえないかしら。これでも人脈はあるのよ。なにか手助けができるかもしれないわ」

 公爵夫人の言葉にブリュンヒルデは目の輝きを取り戻した。

「それならば、お願いがございます。お母さま」

「なんでも言って」

 娘の力になりえると確信したマルガレーテの表情は明るくなった。夫のディートリッヒが羨ましそうに妻を見る。彼は娘に対して何もできない絶望感に立たされていた。妻と娘はそれに気づかず、本題に入った。

「皇太子殿下に好意を持っていただくにはどうすればいいでしょうか。薔薇祭りまで殿下の御心を取り戻さないと、婚約が破棄されてしまうのです」

 娘の重大な告白に妻と夫は同じことを考えた。

(婚約破棄でよいのではなくて?)

(婚約破棄でいいだろう)

 愛娘が婚約したいと駄々をこねたからしぶしぶ認めた婚約話だが、公爵夫妻は乗り気ではなかった。なにより、皇太子につらく当たられて傷つく娘を見て黙っていられない。しかし、恋は障害が多ければ多いほど盛り上がり、諦めきれなくなるため、この場で反対するのは得策でなかった。

「わかったわ。ブリュンヒルデ。それなら恋愛に詳しい使用人からアドバイスを貰うといいわ。わたくしが選んであとであなたの部屋に行くように言っておくわ」

 にこやかに言うマルガレーテにディートリッヒはギョっと目を見張る。だが、口元だけで笑う顔で夫人の真意を知り、公爵は妻の援護をした。

「それがいいそれがいい。下手に外のものを雇うより、お前の人となりを知る人間の方がいいだろう」

 父母から言われたブリュンヒルデはすっかりその気になった。父母にお礼を言い、食事を続けた。



 家族のだんらんが終わり、ブリュンヒルデが部屋に戻った後でディートリッヒはマルガレーテに言った。

「で、誰を選ぶつもりだ?」

「マルティアよ」

 公爵夫人は年配の侍女の名前をあげた。上級使用人の彼女は公爵家で四十年余り仕えていた。

「なるほど、彼女なら適任だな。カルマン、マルティアを呼んできてくれ」

 公爵の命令でマルティア夫人はやってきた。


 ふくよかで品のある彼女は公爵夫妻の話を聞き終えると、耳になじむ落ち着いた声で言った。

「ブリュンヒルデお嬢様が、仔馬のようにおてんばなのはよく存じておりますが、それでも皇太子殿下に傷つけられるのは黙っていられません。ようございます。このわたくしが、きっぱりとお二人を別れさせて見せましょう」

 マルティアはそう確約し、さっそくブリュンヒルデの部屋に行った。

 ブリュンヒルデは書きつけた羊皮紙を引き出しの中にごちゃっと入れ、整然とした部屋に戻し、品のいい婦人を迎え入れた。

「お嬢様。奥様たちから仔細は聞いております。僭越ながら、お嬢様の力になれればと参りました」

 ゆっくりと膝を曲げ、挨拶をするマルティアにブリュンヒルデは椅子を勧めた。

「座って。時間がないからさっそく相談にのってちょうだい」

「わかりました」

 二人は向かい合って座り、マルティアはブリュンヒルデと会話した。夫人はブリュンヒルデの話しぶりから、彼女が心底、皇太子の心を求めていることに気づいた。

(……恋は人を変えると聞いたことがありますが、今のお嬢様からは、かつての横暴さがなくなってますわ。こんなにも真剣に恋をしているお嬢様を裏切るのはつらい)

 マルティアは目の前で恋に憂える少女に心が動いた。公爵夫妻へ忠誠を捧げてるが、せっかく咲いた恋の花をいきなり摘み取ってしまうのは憚られた。

(一度だけ協力することにしましょう。それで皇太子殿下の態度が変わればよし、そうでなければ、公爵様たちの思う通りに動きましょう)

 マルティアはそんな考えを柔らかい笑顔でくるみ、ブリュンヒルデにある提案をした。

「お茶会を開いて殿下をお招きするのはいかがでしょう? もちろん、殿下だけでなく、その側近の方々もお誘いするのです。大事な仲間を誠心誠意もてなすお嬢様を見て、皇太子殿下は見直して下さるかもしれません」

 夫人の言葉にブリュンヒルデは目をらんらんと輝かせた。


(側近……ということは目の前でエミヴォルが見れるのね!!!! ああ、もう最高だわ!! これはぜひお招きしなきゃ!!)


「そうしましょう! そうしましょう!!!」

 ブリュンヒルデは身を乗り出して言った。マルティア夫人は勢いに気圧されたが、ブリュンヒルデの恋への情熱をさらに実感した。

「素敵なお茶会にしましょうね」

「はい!!」

 ブリュンヒルデはマルティア夫人の指導の下で、皇太子に招待状を送った。そしてそれは北宮殿の皇太子宮に届けられた。




 北宮殿の一角、皇帝と皇后に次いで広い居室が皇太子の住まいだ。執務室、寝室、浴室、応接間、そして居間に分かれており、皇太子は執務室で皇帝から授けられた権限で責任を果たしていた。

 美貌の皇太子はペンを置き、額にかかる銀の前髪を撫でた。

「エミリオ。少し疲れた。休憩をとるから紅茶を淹れてくれ」

「はい、すぐに」

 エミリオ・ゲルシュバイクは軽く応え、小部屋で主好みの茶を準備して持ってきた。ゲルシュバイク公爵の息子で、ハルティング伯爵位と『近衛騎士』の地位も持っている彼だが、乳兄弟という縁から『お守り役』に近い。さらに年よりも大人びた性格となんでも器用にできる才能がその役割にとても合っていた。


 艶やかなブルネットの髪と落ち着いた青い瞳、対面した相手を和ませる雰囲気は、皇太子の華やかさとはまた違った美しさがあった。


「やはりお前が入れる紅茶が一番うまい」

「それは嬉しい誉め言葉ですね」

 エミリオは微笑む。

 二人の間に流れる空気は幼馴染の飾らない温もりだった。

 しかし、エミリオは不本意ながら、その雰囲気を崩す役目を持っていた。

「お寛ぎのところまことに申し訳ありませんが、ホルンベルガー公爵からお手紙が届いております」

 ヴォルフラムは顔を曇らせる。

「またか」

 ヴォルフラムの顔に疲れが滲む。

 ホルンベルガーと婚約を結んで十年の月日がたつ。


 未来の妻としてヴォルフラムはてきるだけ丁重に、真摯に夫として接したつもりだが、彼女はそれだけでは満足しなかった。彼女が主催するお茶会やパーティに出席を強要し、とんでもない値段のドレスや宝石をねだった。ヴォルフラムが断ると、彼女は手が付けられないほど暴れた。


 『紳士の務めは貴婦人への奉仕』の言葉を忠実に守っていたヴォルフラムだが、ブリュンヒルデの我が儘にいい加減疲れ切ったのだ。


 最近は公務を最大限に詰め込みブリュンヒルデから逃げ回っている。大臣たちからは将来有望だの、大変ご立派だの称賛を受けるが、公務はブリュンヒルデから自分を守る最大の盾だった。

 嫌々ながら手紙を手に取り、ヴォルフラムは文字を読み進める。

「お茶会の招待状だ。お前含め、俺の側近たちもぜひと書かれてある」

「妙ですね」

 エミリオは率直に言った。

 ブリュンヒルデはヴォルフラムしか眼中になく、わざわざ招待するなど裏があるとしかいいようがない。腐女子ゆえに、イケメンを勢ぞろいさせようという下心の表れなのだが、千里眼を持ちえない二人はブリュンヒルデの思わぬ行動に困惑するしかなかった。


「そういえば、皇后陛下がブリュンヒルデ嬢にヴォルフラムさまとの婚約破棄についてお話しされたそうです。薔薇祭りまでにヴォルフラムさまに認められなければ、その座を明け渡すことになったそうで、このお茶会もヴォルフラムさまに認められたい一心ではないでしょうか」

 エミリオが的確に真実を見出すとヴォルフラムは腑に落ちた。

「そういうことか。ブリュンヒルデ嬢がこれまでのことを悔い改めているのなら、俺も誠意をもってそれに応えようと思ったが、母上に言われての行動なら改心はしていないだろうな」

 はぁ。とヴォルフラムはため息を吐く。今度こそは……と期待を抱き続けて幾星霜、いつもヴォルフラムは裏切られてばかりだ。

 ヴォルフラムの苦難を知るエミリオは慰めるように肩に手を置いた。

「私も同じ思いです」

 友の言葉にヴォルフラムは苦笑する。

「ブリュンヒルデにひとかけらでも、人を慮る心があれば協力もするが、そうでない彼女を未来の皇后にするわけにはいかない。エミリオ、代理でお前が行って来てくれ。皇太子殿下は多忙を極めていると伝えるのも忘れずに」

「お任せください」

 エミリオはそう言い、空になったカップに紅茶を注いだ。

 


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