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62 真意



 後日、レニエッタに魔力を渡すために、シェラはルディオとともに彼女の寝室を訪れる。


 レニエッタにはあらかじめ、睡眠薬を食事に混ぜて眠ってもらうことにした。彼の魔力が流れ込んでくる感覚を、知られたくなかったからだ。

 こればかりは譲れず、わがままという形で頼みこんだ。


「ルディオ様、魔力の蓄積は大丈夫ですか?」


 彼の瞳の色は、美しい緑色をしている。これではレニエッタに十分な魔力が送れないのでは、と思ったシェラの問いかけに、ルディオはゆるゆると首を振った。


「気にしなくていい。最近は式典で君がしたことを思い出せば、嫌でも魔力が溜まっていく」


 式典でシェラがしたこと。

 思い当たることはいくつかあるが、可能性として一番高いのは――


「君は思い出さなくていい」


 バルトハイルにしたことを思い出しかけたシェラの思考を、ルディオが遮る。


 実のところあれは、ギリギリの距離で寸止めしていたのだ。しかし後ろから見ていた彼には、きっと本当にキスをしていたように見えているだろう。


 彼が目を覚ましたら本当のことを言おうと思っていたが、すっかり忘れていた。いま言ったら魔力の蓄積に支障が出そうだし、しばらく黙っておくことにしよう。


「シェラ」


 少し離れたところで見ていたバルトハイルが、声をかけてくる。ちょいちょいと片手で手招きをするので、仕方なくそちらへ歩いて行った。

 後ろからのルディオの視線が気になるが、レニエッタの手を離せないからか何も言ってはこない。


「おまえに言いたいことがある」

「はい?」


 首を傾げたシェラをまっすぐ見て、目の前の男は言う。


「今まで、すまなかった」


 そのまま頭を下げたバルトハイルを見て、シェラは言葉を失う。


「急に……何を」

「本当にその通りだ。だが、おまえがそう思ってくれるのなら、僕の演技もまんざらではなかったということだな」

「演技……?」


 話がのみ込めていないシェラを見て、くすりと笑う。


「おまえは知らなくていい」


 本当に知らなくていいと思っているのであれば、今の会話は必要なかったはず。

 もし、バルトハイルが今までしてきたことが、すべて演技だとしたら――


「あなたはまさか……わたしのために?」


 青い瞳が、露骨に視線を逸らした。


「どうだろうな。所詮僕は、おまえを傷つけることしかできなかった。あの男と違ってな」


 青と緑の視線が交差する。

 何とも言えない空気が、その場に漂った。


 きっとこれはバルトハイルが言う通り、知らなくてよかったこと。

 胸の内に留めて、しまっておくべきこと。

 いつか笑って話せるときがきたら、また思い出そう。

 

 それが――、ヴェータの王として生きるこの男への、最大の敬意となるはずだから。


「では、あなたに捨てられた妹は、素敵な王子様のもとで幸せになろうと思います」

「はっ、とっととそうしてくれ」


 腕を組んで、わざとらしく視線を窓の外へ向けた。


「そういえば、いつまで滞在されるのですか?」

「数日後には発つ予定だ。帰国した僕が、飼い犬に手を噛まれないことを祈っていてくれ」


 冗談とも本気ともとれる言葉に、シェラは苦笑を返すしかできなかった。





 それから三日後、バルトハイルはアレストリアを出立した。

 だがその隣に、レニエッタはいない。彼女はアレストリアに残ることになった。


 あの身体では長旅に耐えられないだろうし、ヴェータに戻ったらまた力を悪用されかねない。

 レニエッタの能力と、今までしてきたことを考えると軟禁生活を余儀なくされるが、それは仕方のないことだろう。


 バルトハイルとの別れ際、彼女は子供のように泣きじゃくっていた。


「いやです! あたしも連れて行ってください!」

「だめだ。ここで大人しく療養してろ」

「でも……ひとりはいやです……!」


 服を掴んで離そうとしないレニエッタに、バルトハイルはゆっくりと言う。


「お前を助ける方法を見つけて、必ず迎えにくる。だから、僕を信じろ」


 子供をあやすように、優しく頭を撫でる。

 その様子は、普段のバルトハイルからは全く想像できないものだった。


「次に会うときは……今度はちゃんと、夫婦になろう」


 そう最後に告げ、レニエッタの赤い髪に隠れていた額にキスをする。

 見送りに来たシェラを目に留めることなく、ヴェータの王は帰国の途についた。



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