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58 まっしろな国で ①



『ねえ、聞いた? ルディオ殿下ったら、また侍従に怪我をさせたらしいわよ』

『またなの? 私たちも気を付けないと……』


 漏れ聞こえる声は、母であるフェルーシアに付いている侍女たちのものだ。

 母に用事があり部屋を訪れたものの、中にいたのは侍女たちだけのようだった。

 扉を叩こうと持ち上げた手は、中途半端な位置で止まっている。


『でも、殿下もお可哀そうよね。まだ八歳なのに、あんな呪いを抱えているなんて』

『感情を制御するなんて、子供には無理な話よね』


 呪い。

 怒りに付随する感情を抱くと、獣の姿に変化する。

 それが自分に与えられた、枷。


 個人差はあるが、この呪いはだいたい五歳をすぎると発現する。

 ルディオが呪いを受けたのは、二年前の六歳の誕生日を迎える前日だった。今まで普通に抱いていた感情が、その日から彼を縛り付ける枷に変わったのだ。


 少しでも怒りを感じると、すぐに呪いが発動してしまう。

 それでも、獣の姿になるだけならまだよかった。

 ルディオの場合、半分ほどの確率で自我が喪失してしまうという現象が起きたのだ。過去にも似たような例があったようだが、極めて稀らしい。


 幼心ながらに、生きにくい身体になったと、自嘲した。


 まだ六歳の子供が感情を制御するのはとても難しく、気を付けてはいても、それなりの頻度で呪いは発動してしまう。

 八歳になるまでの二年間で、何人もの人を傷つけた。いくら子供と言えども、本気の獣の力で襲い掛かられたら、人間ではどうしようもない。中身が王子であるが故に、襲われた方も対処のしようがなかったのだ。




 八歳の誕生日を迎えて数日、幼いルディオはある決意を胸に、両親のもとを訪れた。


『父うえ、母うえ、ぼくを檻にいれてください』


 このまま大人になったら、きっと人を殺してしまう。いいや、大人になる前に、大切な人を傷つけるかもしれない。

 そんなことをしてしまうくらいなら、一生を檻の中で過ごしたほうがましだと思った。


『ルディ、それは随分と極端な話だね』


 父は認められないと首を振る。


『ですがこのままだと……ぼくは……』


 小さな拳を握りしめて俯いたルディオに、母が思いもよらない言葉を告げた。


『ねぇルディ、私の祖国に行ってみない? 雪ばかりだけど、自然が豊かでとっても癒されるわよ』

『いやされる……?』

『ええ。私と一緒に、田舎でのんびりしてみるのはどうかしら?』


 突拍子もない提案だったが、息子を気遣っての言葉だとすぐに分かった。


『ねえエリス、いいでしょう?』

『君がそうしたいなら、行っておいで。シュニーのことはダリアに頼もう』


 まだ四歳の弟を母から離すのは正直忍びない。だが第二王妃であるダリアがみてくれるのであれば、心配はなさそうだ。

 兄として申しわけなさもあったが、王城内での息の詰まる生活から抜け出したいという思いがまさった。


『いってみたいです。母うえの故郷』

『決まりね! そうとなったら、早めに出発しないと! 雪が降りだしたら大変だもの』


 旅行を計画する子供のように、母は瞳を輝かせていた。


『フェルー、あまりはしゃぎすぎないようにね』

『エリスは本当に心配性ね』

『過保護なのは否定しないよ』


 その後、いつまでも続きそうな父と母の会話を尻目に、ルディオは自室に戻った。


 もしかしたら、なにかが変わるかもしれない。

 なにも、変わらないかもしれない。

 それでもいい。

 今は、できることからやってみる。


 小さな希望を胸に、母の故郷である雪国を、頭に描いた。



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