表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/68

57 呪いという名の希望



 力なく床に膝を突いたルディオは、苦しそうな吐息をもらした。


「っ……」

「ルディオ様!?」


 しゃがんで彼の顔を覗き込むと、額にうっすらと汗を滲ませている。


「どうされました!?」


 ただならぬ様子に思わず大きな声をあげると、ルーゼが駆け寄ってきた。彼女はルディオの様子を確認して、険しい顔つきで言う。


「まさか……矢に毒が?」

「ど、く……?」


 一瞬にして血の気の引いたシェラを横目に、ルーゼは先ほど打ち落とした矢を拾い上げる。鏃を指でなぞり、そのまま舌先で舐めとると、すぐに顔をしかめて吐き出した。


「舌が痺れる……これは恐らく、サリジシの毒です」

「サリジシ?」

「はい。体内に入ると少しずつ身体の自由を奪って、最後には呼吸が止まる致死毒です」


 思わずヒュッと息をのむ。

 自分を庇ったせいで、ルディオが毒矢を受けてしまった。やはり無理やりにでも、式典は中止させるべきだったのだ。


 罪悪感とやるせ無さで、胸が締め付けられていく。


「ど、どうしたら……」

「サリジシは人の身体に対してはまわりが早く、一時間程度で死に至らしめます。……ですが、大型の獣であれば効力が弱まり、身体を麻痺させる程度で済むため、麻酔薬としても使われているのです」


 ルーゼの言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。彼女が言わんとしていることは、ひとつしかない。


「それは……呪いを発動させて、毒のまわりを抑えると言うことですか?」

「……はい。その間に解毒剤を摂取できれば恐らくは……」


 獣に変われば毒は致死性が低くなる。

 ルディオは一度呪いが発動したら、翌日の朝までは人の姿に戻れない。今は正午近くなので、次の夜が明けるまでに毒を中和できれば、助かる可能性があるということだろう。


「サリジシの解毒剤なら、城内にも保管されているはずだ。クアイズ、急いで侍医に取り次いで持ってこさせろ」

「はい!」


 バルコニーにいたロイアルドが、指示を出しながらこちらに歩いてくる。

 兄の様子を確認して、表情を険しくした。


 ルディオは身体に力が入らないようで、ルーゼに支えられながら床に座り込んでいる。

 毒が身体にまわり切る前に、一刻も早く獅子の姿にならなければ手遅れになるだろう。


 しかし、呪いを発動させるにあたって気がかりなことがある。

 不安げなシェラの表情を見て察したのか、ルーゼが安心させるように言った。


「万が一呪いが発動した際に自我が残っていなかったとしても、動きの鈍っている今なら、私たちで押さえられるはずです。心配はいりません」


 自我が残らなかったときの凶暴さは、シェラもよく知っている。

 たしかに今は毒によって麻酔を打たれているような状態であるし、ここにはルーゼやロイアルドを含め、複数の騎士がいる。彼らに任せれば問題はなさそうだ。


「ルディオ様、聞いていました? 今すぐ獅子になってください!」


 あとは呪いを発動させるだけ。

 状況は彼も理解できているだろう。

 焦りを滲ませたシェラの言葉に、ルディオは苦しそうに息を吐いた。


「無茶を、言うな……さっき君に……魔力をやったばかりだ」


 意識が朦朧としているのか、彼は俯いたまま答える。


「無茶でもなんでもありません! ならなきゃ死ぬんですよ!?」


 彼の服を掴み、詰め寄るように叫ぶ。

 ともに生きる道を選ばせておきながら、置いていくなんて絶対に許さない。


 早く怒りの感情を抱いてもらわなければならないのだが、身体を揺さぶってみても、ルディオの反応はいまいちだった。恐らく毒の影響で、思考がうまく回っていないのだろう。


 こうなっては、なりふり構っていられない。手段を選んでいる時間はないのだ。


 目を閉じ、心を決めるようにゆっくりと頷く。


 呪いを発動させるために、純粋な怒りよりも、もっと効果的な感情をシェラは知っている。


 スッと立ち上がり、室内を見渡す。

 適任者は一人しかいない。

 その人物の前まで数歩進み、ピタリと足を止めて丁寧に一礼した。


「バルトハイル陛下、失礼いたします」

「……なんだ?」


 もうこの人を、兄と呼ぶ必要もない。今まで散々命令を聞いてきたんだ。最後くらい付き合わせてもいいだろう。


 深い青色の瞳をじっと見つめてから、今度はその隣にいる者に視線を向ける。


「ごめんね、レニエッタ」


 やられたら、やり返す。たまにはそれもいいだろう。

 これは、操られた騎士の分。


 レニエッタの黒い瞳が見開かれる。

 その視線の先には、両手でバルトハイルの頬をつかみ、口づけをするシェラの姿があった。




 静まり返る室内に、閃光が走る。

 それは一瞬にして拡散し、光の粒子となってその場に降り注いだ。


 シェラが振り返ると、先ほどまでルディオがいた場所に、一頭の大きな獅子が座っている。透き通った緑色の瞳が、まっすぐシェラを見つめていた。


「ルディオ……さ、ま」


 名前を呼ぶと、獅子がゆっくりと近づいてくる。その足取りはふらついていて、とても頼りなく見えた。


 これは彼の意思か、それとも本能か。

 もう……どちらでもいい。


 視線の高さを合わせるように床に膝を突くと、目の前に迫った獅子に押し倒される。

 そのまま組み敷くようにシェラに覆いかぶさり、大きく口を開けた。


 室内に緊張が走った瞬間、ネコ科特有のざらついた舌で、べろりと唇を掬い上げるように舐められる。

 驚きで言葉を発せずにいるシェラの上で、獅子がにやりと笑った気がした。


「っ――」


 思わず手を伸ばし、獣の太い首を両腕で抱きしめる。


 初めて触れた黄金色のたてがみは、切ないほどに、やわらかかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ