56 再開
本来予定していた時間から約一時間後、ルディオは壇上に上がった。
広場に集まってくれた国民には長いあいだ待たせてしまったが、帰った者はほとんどいなかった。アレストリアの王太子が、どれだけ国民に愛されているのかがよく分かる。
ルディオが立つバルコニーには、予定していた倍の人数の騎士が待機していた。
彼のすぐ近くには、第二王子のロイアルドが控えている。
本当は剣を構えた状態で待機していたいが、祝いの場だしそういうわけにもいかないな、とロイアルドは苦笑をもらしていた。
彼は近衛騎士団の隊長でもあり、剣の腕に関しては国内一なのだとルディオから聞いている。
そんな弟王子がそばについているのなら心強い。
バルコニーに出たルディオが振り返る。
まだ室内にいたシェラに手を差し伸べて、登壇を促した。
ゆっくりと一歩ずつ確実に進み、彼の手を取って隣に並ぶ。
シェラが姿を現すと、割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。
正直、ヴェータの王女という立場の自分を、アレストリアの国民が受け入れてくれるのか不安はあった。だが、そんなもの吹き飛ばすような笑顔の数々に、シェラは自然とほほ笑みを浮かべる。
ルディオに促されるままに手を振ると、さらに歓声が大きくなった。
よくよく目を凝らしてみると、広場の観衆にまじって、かなりの人数の騎士の姿を確認できる。彼らは不審な動きをする者がいないかと、目を光らせていた。
夢の流れで行けば、このあとすぐ矢が放たれる。
笑顔を崩してはいないが、緊張感の満ちるバルコニーに、シェラも身体を強張らせた。
その時、ロイアルドが小さな声で呟く。
「あいつ……何を――」
視線の先を辿ると、広場の向かって右後方にいた一人の騎士が弓矢を構える。
その矛先は、間違いなくルディオを捕らえていて――
弓が引かれるのと同時に、近くにいた騎士が止めに入る。
中途半端に引かれた弓は、そのまま放たれることはなかった。
「何故うちの騎士が……」
動揺を見せるロイアルドの言葉に、シェラはひとつの答えが思い浮かぶ。
「まさか……レニエッタ……?」
川に落ちたときのことを思い出す。あのときも彼女は、アレストリアの騎士を操っていた。
そして今回、彼女はこの国に来ている。
アレストリアにきてから、レニエッタは力を使っていないはずだ。だが、彼女の衰弱は酷くなっていた。それが表すものは――
弓を構えていた騎士は、駆け付けた複数の別の騎士によって取り押さえられていた。
後方での出来事だったため、式典自体にほぼ影響はない。
「シェラ、念のため早めに下がろう」
状況を把握するためにも、式典は早めに切り上げたほうがよさそうだ。
ルディオに従い部屋に戻ろうとしたとき、騎士が取り押さえられているのとは別の場所から、悲鳴があがる。
「シェラ様!」
隣に控えていたルーゼが叫ぶ。
同時に飛んできた矢を、彼女は素早い剣技で打ち落とした。
「どうしてっ……」
今の矢は、間違いなくシェラを狙っていた。
夢の中ではルディオを狙った最初の一撃で倒れたため、そのあとのことは分からない。まさか犯人は複数いたというのか。
「ちっ……しつこい!」
茫然とするシェラの目の前で、ルーゼがまた叫ぶ。
今度は複数の矢がシェラ目がけて飛んできた。
ルーゼが再び剣ではじくが、全てを打ち落とすことはできず、逃した一本が目前に迫る。
そのまま撃ち抜かれるかと思った瞬間、目の前が黒に染まる。
ルディオがシェラを抱き寄せ、そのままマントを翻し盾にするように庇った。
「っ……」
何が起きたのか理解できていないシェラの頭上で、ルディオの顔が苦痛に歪む。
直撃は避けたものの、矢は彼の腕をかすめたようで、破れた服の隙間から血が滲んでいた。
「兄上、中へ」
ロイアルドが二人の前に飛び出し、部屋に戻るように促す。
足が竦んでいたシェラは、ルディオに引きずられるようにして室内に逃げ込んだ。
「シェラ、怪我はないか?」
「怪我をしているのはあなたのほうです!」
安全な位置までやってくると、ルディオが問いかける。
だが、怪我を負っているのは彼のほうだ。シェラは傷一つない。
「かすり傷だ。問題ない」
そうは言っても、傷口からは血が滲んでいる。
早めに手当てをしなければと、人を呼びに行こうとしたとき、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「痛い! 痛いです、バルトハイルさま!」
「騒ぐな」
騒々しい声を上げながら室内に入ってきたのは、バルトハイルに腕を引かれたレニエッタだった。無理やり引きずられてきたのか、不機嫌な表情を隠そうともしない。
「すまん、ルディオ王太子。うちのがやらかした」
バルトハイルが眉を寄せ、深刻な顔で告げる。
二人の前に連れてこられたレニエッタは、青い顔を背けて黙り込んだ。
「レニエッタ……あなたがルディオ様を狙ったの?」
シェラの問いかけに、レニエッタは唇を引き結び答えない。
後ろで見ていたバルトハイルが、先に口を開いた。
「どうも様子がおかしいと思ったら、あの状況だ。この身体では力を使うことはないだろうと考えていたのが甘かった。未遂とはいえ、怪我をさせたのだから責任は取るつもりだ」
眉間に深くしわを刻み、小さく頭を下げる。
だがそれを聞いたレニエッタが、堰を切ったように話し出した。
「待ってください、バルトハイルさま! たしかにあたしはあの王太子を狙いました! けど……あたしが操った騎士は結局何もしてません! 二回目の矢は、あたしはなにも知らないんです……!」
「なんだって……?」
バルトハイルが険しい顔つきで聞き返したとき、シェラの隣にいた人物がふらりと床に膝を突いた。