55 あなたと生きる道
「君は……私と生きる道を、選んではくれないのか?」
あなたとともに生きる道。
それは、選びたくても選べない道。
セレナとスーリアのように、呪いを解かずに彼と生きていく。
その道を、本当は選びたい。
だって……私だって、死にたくない。
あなたの隣でずっと生きていきたい。
二人で笑って、つらいことも乗り越えて、できることならあなたの子供だってほしい。
そんな未来を何度も想像した。
でも夜になって見る夢は、毎回同じ。
未来を視ようとしても、夢の中の自分は必ず式典で死ぬのだ。
そんなの……あきらめるしか、ないじゃないか。
「だって……わたしの、未来はっ……」
膝から崩れ落ちるようにその場に座り込む。手を握っていたルディオも、つられて膝を突いた。
シェラの朝焼け色の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていく。
その涙を、彼は指先で掬い上げて言った。
「シェラ、君はまだ生きている。君の視た未来で君が死ぬとしても、私と生きる道を選べば、未来は変えられるんじゃないか?」
呪いを解かずに生きる。
それが、彼と共に生きる道。
その道を選べば、彼の言う通り、きっと未来は変わる。
「選んでも……いいのでしょうか?」
涙交じりのシェラの言葉に、彼は優しくほほ笑み返す。
「あたりまえだ」
「でも……わたしは平民で……」
「身分は関係ないと言っただろう? 今はヴェータの王女と言う肩書もあるから、なんの問題もない」
たしかに今のシェラの身分は、ヴェータの王女以外の何者でもない。
無理やり据えられたこの立場だが、今は感謝する事態だ。
「呪いを解けば、あなたは好きなだけ怒れるのですよ……?」
「なんだ、私に怒られたかったのか?」
「そっそういうわけでは……」
彼の怒る姿を見たことがないわけではない。
感情を昂らせないように静かに怒気をまとうからか、雰囲気が一変してある意味分かりやすいのだ。ちょうど先ほどまでの彼がそうだった。
「シェラ、私と生きる道を選んでくれるのなら……君から、口づけをしてほしい」
顔を近づけて、彼は懇願するように言った。
先ほど一瞬だけほほ笑みを見せてくれたが、今はまた険しい顔つきに戻っている。
「もう、限界なんだ……」
暗く濁りきった瞳の色が、魔力の蓄積が限界近くであることを表していた。
このままでは、いつ呪いが発動してもおかしくはない。
――覚悟を、決めようと思う
この道を選んだ先に、何が待ち受けていようとも。
彼の頬に両手を添え、ゆっくりと近づいた。
唇が触れた瞬間、後頭部に手をまわされる。そのまま互いの吐息をのみ込むようなキスをする。
室内にいた者たちが自然と視線を逸らす中、二人は時間が止まったかのように、相手の体温を感じ合った。
温かい。生きている証拠だ。
大量の魔力が流れ込んできているのか、頭がすごくぼんやりとする。
少しして唇を離すと、彼の胸に凭れるようにして倒れ込んだ。
ルディオはシェラを両手で受け止め、申し訳なさそうな声で言う。
「すまない、きつかったか?」
「……いえ、大丈夫です」
熱い吐息を吐き出しながら、彼の顔を見上げる。
今の季節に相応しい、鮮やかな新緑の瞳がそこにあった。
彼の目元に触れ、安堵の息を吐く。
ルディオはほほ笑みながら銀色の前髪にキスを落とし、今度はまじめな顔つきで言った。
「シェラ、ゆっくりはしていられないから単刀直入に聞くが、君の視た未来で、このあと何が起こる?」
ぼんやりとしていた思考が一気に覚醒する。
そうだ、まだ式典の途中だ。
ルディオは中断するように命じたが、外の喧騒はいまだに聞こえてくる。このまま続行したら、彼は矢に撃たれて――
周りの者もシェラに注目し始める中、ゆっくりと口を開いた。
「……式典の最中に、ルディオ様は矢に撃たれます」
衝撃的な言葉に、室内に沈黙が走る。
それを打ち消すように、ルディオが尋ねた。
「君は、その犠牲になるつもりだったのか?」
「……はい」
納得した様子で、彼はシェラを抱く腕に力を込めた。
「君のおかけで、対策が打てる」
「対策?」
式典はこのまま中止にするのだろうと思っていたシェラの耳元で、彼は部屋全体に聞こえる声で言った。
「式典は続行する」
「どうしてですか!? 危険すぎます!」
「王太子の命を狙う者がいるというのなら、それを放っておくほうが危険だ」
それはたしかに一理あるが、わざわざ危険を承知で飛び込むのもおかしい。
シェラの不安を感じ取ったのか、ルディオが諭すように言う。
「シェラ、式典はもう始まってしまっている。開幕前なら中止もできたが、この状態では難しい」
たしかにすでに国王の挨拶を終えてしまった時点での中止は、国民の反感を買う可能性もある。
「もし中止にしたとしても、延期になるだけだ。その時にまた同じことが起きないとも限らないから、今日中に勝負をつけてしまったほうがいい。もう少し先になるが、戴冠式も控えているしな」
そう言われると納得するしかない。
彼は一人立ち上がると、シェラの後方にいた人物に声をかける。
「ルーゼ、シェラを頼む」
「はい」
地べたに座り込んでいたシェラを、ルーゼが支え起こしてくれた。
「シェラ様、お化粧を直しましょう」
そのままシェラを椅子に座らせる。
目の前の鏡を見ると、なかなかに酷い顔をしていた。
「じっ自分でやります!」
なんとなく申し訳なさと恥ずかしさが勝って、そう宣言する。
ルーゼは苦笑しながらも、化粧道具を用意してくれた。シェラがお化粧を得意としていることを、彼女も知っているのだ。
化粧を直しながらも、後ろの会話が気になり、つい耳を傾けてしまう。
「ロイ、すぐに警備の強化と、配置の見直しをしろ」
「分かってる。クアイズ、特務を全員集めろ。それ以外の近衛と白隊は、広場の警備に回せ」
「了解」
ルディオの言葉に、第二王子のロイアルドが頷く。そのままの流れで、部下に指示を出していた。
「シュニー」
「はいはい、僕は来賓客への対応だね。行ってきます」
ひらひらと手を振りながら、シュニーは部屋を出て行く。
二人の弟王子たちは、それぞれの得意分野を生かした対応をするようだ。
アレストリアの三人の王子たちの仲が良好だというのは、他国にまで広まっているが、本当に見事な連携だ。三人ともお互いを信頼し合っているのが、伝わってくる。
ひと通り指示を終えると、ルディオはこちらに歩いてきた。
「シェラ、手が離せないところ悪いが、君が視た未来の状況を詳しく教えてほしい」
「わかりました」
一度手を止めて、彼に向き直る。
それからロイアルドを交えて、警備の方針について話を詰めていった。




