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51 最初で最後の夜



 結婚披露式典を二日後に控え、シェラはレニエッタが宿泊する部屋を訪れていた。

 自分はもうすぐいなくなる。

 最後に彼女とも話しておかなければならない。


「レニエッタ……あなた、大丈夫なの?」


 ベッドに上半身だけ起こして座る彼女の顔色は、ひどく青白かった。


「おかまいなく。見た目ほど、衰弱はしてませんから」


 強気な言葉で返されるが、とてもそうには見えない。

 ベッドの横にある椅子に腰かけ、シェラは小さな溜め息を吐く。


「お兄様は何をしているのかしら……」


 この状態のレニエッタを放置して、バルトハイルはどこにいっているのだろうか。シェラが部屋を訪れた時には、室内にはレニエッタしかいなかった。


「バルトハイルさまは、最近ほとんどここにはいません」


 うつむき気味で、ぽつりと言葉をこぼす。


 アレストリアはヴェータと比べて安全な国だ。

 いくらヴェータの王妃といえども、直接危害を加えられるようなことはないだろう。

 しかしそうは言っても元敵国だ。ずっと一人で過ごすのは、さすがに心細さもあると思われる。


「ルディオ様とよく話をしているようなのだけど、国家間のことで何かあったのかしら」

「どうでしょうか。国のことについては、バルトハイルさまはあたしに何も話してくれないので」


 いくら王妃と言えども、レニエッタはもともと平民だ。

 今は一般的な教養や学問から入り、王妃教育まで行っているらしいが、国のことについてはバルトハイルは一切関与させていないようだ。


 レニエッタは非常にのみ込みが早いので、いずれは王妃としての仕事もこなすようになるのではと考えていたが、今の彼女の状態ではそれも難しそうに見える。


「シェラさまは本当に、体調が良さそうですね」


 横目でシェラを見ながら、レニエッタが言う。

 ルディオの魔力をもらって生きていることが分かってから、彼は毎日シェラに触れる時間を作ってくれる。そうすることで魔力の蓄積が緩やかになるため、彼自身も助かっていると言っていた。


 恐らく弟王子たちでも同じ現象が起きると思われるため、絶対に弟には触れるなと言われている。


『君を生かすのは、私だけでいい』


 そんな風に言われて、胸が高鳴ってしまった。

 独善的な言葉だが、正直悪い気はしない。


「あの王太子から命をわけてもらっているのに、落ち込んでないんですね」


 レニエッタには、魔術書を読んで知った内容は話していない。

 一応重要機密であるし、バルトハイルからも止められたからだ。


「レニエッタ、あなたこそどうしてそこまで弱っているの」


 なんと答えたらいいものか迷って、結局話を逸らすことにした。

 レニエッタはアレストリアに到着した際に見た時よりも、つらそうに見える。


 ルディオが触れれば彼の魔力で回復させてあげることはできるだろうが、それはなんとなくシェラが嫌だった。人の命がかかっているのに、自分でも最低だと思う。


 せめて生きている間だけは、彼には自分だけのものでいてほしい。

 どうせ、シェラの時間はもうすぐ終わる。


「あたしのことは気にしないでください。もうすぐ終わるので」

「え……?」


 自分の思考と同じ発言をされ、思わず声をもらす。

 しかし、レニエッタは無視するように、ベッドに潜り込んだ。


「すみません。すこし疲れたので、眠ります」

「え、ええ。お大事に」


 何か引っかかるものを感じながらも、シェラは部屋をあとにした。


 今夜はあることを実行しようと思っている。

 レニエッタのことは気がかりだが、シェラが生きていられるのは、今日を含めてあと三日。

 心残りはなくしたい。


 小さな決意を胸に、自室への道を急いだ。




   *




 その日の夜、シェラは緊張しながら、ルディオの部屋へと続く扉を叩いた。

 中からすぐに返事が聞こえ、扉が開かれる。


「どうした? 今日はベッドにいなかったから、自室で寝るのかと思っていたが」


 彼と同じベッドで寝たいときは、基本的にシェラが待ち伏せすることになっている。

 これは夜襲作戦をした頃からの習慣で、彼に決定権はない。


 今までシェラは自室にいたので、今夜は別々に眠るのだと思っていたようだ。


「お願いがあります」


 彼の顔を見上げる。

 湯浴みの直後なのか、少し湿った金色の髪が、とても艶めかしく見えた。


「今夜わたしを、あなたのものにしてください」


 鮮やかな緑色の瞳が、大きく見開かれる。


 一度断りを入れたからか、式を挙げてからもルディオは手を出してこない。

 魔術書を読んだ後に体調を崩したことにしたため、シェラの身体を気遣っているのだろうと思う。


 だけど死ぬ前に、彼と結ばれたかった。

 自分勝手かもしれないが、これが最後の願いだ。


「……いいのか?」

「はい」


 差し出された手を取って歩き出す。

 ベッドのそばまでくると、彼はシェラを抱き上げてシーツの上に降ろした。

 そのままゆっくり押し倒される。


「悪いが……その、優しくしてやれそうもない」


 緑の瞳が、熱を帯びて揺れている。

 シェラは嬉しそうにほほ笑んだ。


「あなたの好きなようにしてください」


 痛みは思い出になる。

 今夜はきっと、彼と結ばれる最初で最後の夜。



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