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47 救う者と救われる者 ②



 苦痛を感じさせる表情に、思わず手を伸ばす。

 手袋に覆われたシェラの指先が、彼の目元に触れそうな距離まできたところで、再び腕を掴まれた。そのまま乱暴に手袋を外される。


「いいか、シェラ。よく見てろ」


 剥き出しになったシェラの手のひらに、彼は唇を押し付ける。

 直接触れた熱に驚き腕を引こうとしたが、力強く握られていて、放してくれる気配はなかった。


 徐々に身体がぽかぽかと温かくなっていく。

 この感覚は――


「ルディオ様……!」


 声を上げても彼は放そうとはしてくれず、それどころかシェラの指を唇で食むようになぞっていく。そのまま熱い舌先が肌を撫でていった。

 温かな感覚とは別に、ぞくぞくとしたものが背筋を這い上がる。


 初めての感覚に身体を震わせていると、緑の瞳がじっとシェラを見つめた。

 暗く濁っているように見えた瞳が、スッと透明感のある宝石のような輝きに変化する。


「分かったか?」

「今のは……?」

「この瞳は、感情の蓄積量で色が変わる。微細な変化だが、近くでみれば分かっただろう?」


 こくりと頷くと、彼は表情を緩める。


「いま私は怒りの感情を限界近くまで蓄積していた。だが、君に触れたことによってその感情が消え、瞳の色が変わったんだ」


 ルディオはシェラの手を大切そうに握りなおす。


「君は私に触れて、命が流れ込んでくる感覚があったんだろう? そこから推測すると、私の中の感情が君に流れたと考えるのが自然になる」


 彼の言葉に大きく目を見開く。


 自分の中に、ルディオの感情が流れ込んでいる?

 そんなふうに考えたことはなかった。


 彼に触れた時に温かいものが流れてくる感覚はあるが、シェラの中で怒りの感情が増すわけではない。

 でも確かに、いま目の前で起きた変化は、それを肯定していた。


「私はヴェータにいたころ、感情の蓄積が異常に緩やかになったことを自覚していた。明確に変化を感じたのは、君が離宮を抜け出した時だ」


 記憶を思い起こす。

 シェラを迎えに来た彼は、かなり苦しそうな表情をしていた。


「あの時は正直、必死であふれ出そうになる怒りを抑え込んでいたんだが……君に触れた瞬間、蓄積された感情がきれいに消えたんだ」


 ルディオの言葉を思い出す。


『いま、――何をした?』


 シェラに触れた際、確かにそう言っていた。

 限界までため込んだ感情が一瞬にして消えたら、こちらが何かしたと考えるのが自然だ。


「君に出会って、君に触れるようになってから、私はあきらかに呪いを発動させる回数が減っている。そして同時に、君は体調が回復している。これらを踏まえると、私から君が奪っているものは恐らく命ではない。これまで私自身に、体調の変化は一切なかったからな」


 風邪を引いたのは別にして、と付け加える。

 もし本当に彼から命を奪い続けているのであれば、今ごろは何かしらの体調の変化があってもおかしくはない。


「そもそも君たちが生命力と呼んでいるものは、本当に命そのものなのか?」


 それは分からない。

 今まで言われるがままに、そういうものなのだと受け入れていた。


「もし、聖女が力を使う上で消費しているものが、命ではないとしたら?」


 そんなこと、考えたこともない。

 歴代の聖女たちだって、力を使い続けて体調を崩し、長くは生きなかったと聞いている。


 でももし本当に、彼から奪っているものが命ではないのだとしたら――


「わ……わた、し……は――」


 目頭が熱くなり、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「わた、しは……あなたの、そばにいても……?」

「もちろんだ。むしろ、いてもらわないと困る。君が私の呪いを、打ち消してくれていたのだから」


 次から次へとあふれてくる涙を、彼はポケットから取り出したハンカチで優しく拭う。


 ずっと、絶望の淵にいた。

 もう二度と、彼に触れることはできないと。命を奪っているという罪悪感に、何度も押し潰されそうだった。


 そんなシェラを、ルディオはまた救い上げてくれた。


「ごめんなさい。わたし、勝手に――」

「いや、私ももっと早く、君に確認をとるべきだった。式が終わったら伝えようと思っていたんだが、遅すぎたな。すまない」


 彼は悪くない。レニエッタの言葉から勝手な思い違いをして、距離を置いたのは自分の方だ。

 ゆるゆると首を振ると、ルディオは急に真顔になって問いかける。


「ところで、先ほどの他に好きな奴ができたというのは……本当か?」

「あ、あれは……」


 口ごもると、彼は眉間にしわを寄せる。

 その瞳の色が、少しずつ暗くなっていくのが分かった。


「あれは、嘘をつきました。あなた以上に大切な人などいません」

「そうか……よかった」


 安心したようにほっと息を吐いて、きつくシェラを抱きしめる。


「なら……もう、好きなだけ触れてもいいな?」

「好きなだけ?」

「今夜、君がほしい」


 言われた内容に、思わず身体を強張らせる。

 それがどういう意味なのか、分からないほど子供ではない。


 今日をもって、二人は世間的にも婚姻を結んだことになる。今夜はいわゆる、初めての夜というやつだ。


「ま、待ってください! まだどうしてあなたから感情が流れ込んでいるのか分からないですし、ひ、必要以上に触れるの、はっ――」


 言葉を遮るように、唇を塞がれる。

 熱を含んだ吐息が、口内を満たしていった。


「……分かった、今日はこれで我慢する。確かに、まだはっきりさせないといけないことが残っているな」


 彼が引いてくれたことに安堵の息をもらしながら頷いた。


 そうだ、まだ分からないことも多い。

 彼に触れることで、間違いなくシェラの体調は回復している。どういった理由でそうなっているのか、現状では説明がつかない。


「そこで、君に頼みがある」

「はい?」

「君の聖女の力を借りたい。私に触れていれば体力の消耗は防げるだろうし、もしつらいようならすぐにやめてもらって構わないから」


 何をするのか、詳しくは明日話すといって、ルディオはシェラを連れて王城へと戻った。

 日はすでに傾きかけていて、空は橙色に染まり始めている。


 その日の夜、シェラは夢を見た。

 夢の内容は、昼間冷たい石床の上で見たものと同じだった。



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