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42 最後のはなむけを



 鏡に映った自分の顔は、酷いものだった。

 連日の寝不足でできた隈は目立ち、何度も泣いたせいで、まぶたは腫れぼったくなっている。

 それでも、得意な化粧でなんとかごまかした。


 アレストリアには、いろいろな種類の化粧道具がある。

 初めて目にする物も多く、目を輝かせたシェラを見て、ルディオが買い揃えてくれたのだ。


 結婚式当日のお化粧は、本職の者に任せるか聞かれたのだが、それは拒否した。

 いつか誰かを好きになって婚礼用のドレスを着る機会があれば、その時は自分で化粧をしたい。それが、シェラのささやかな夢だった。


 絶対に叶うはずがないと思っていた夢。

 それがいま現実になっているというのに、シェラの心は不安と恐怖で押し潰されそうだった。



 じきに開会のベルが鳴る。

 そうしたらもう、逃げることはできない。


「シェラ」


 隣に立つ人物に名前を呼ばれた。

 くすんだ銀髪に青い瞳を持ったその人は、訝し気にシェラを見る。


「レニエッタと何があった」

「お兄様には……、関係のないことです」

「まだ僕を、兄と呼んでくれるのか」


 見たこともないような顔で、バルトハイルは小さく笑う。こんな笑顔を、今まで一度も向けられたことはなかった。

 シェラと離れた数か月の間に、兄の中でいったいどんな変化があったというのか。


 動揺した心を隠すように、疑問を投げる。


「レニエッタはどうしていますか?」

「今日は朝から身体がだるいようで、休ませることにした」

「なぜあそこまで酷くなっているのです?」

「あれは……僕の責任だ」


 視線を落とし、なにか考え込むようなそぶりを見せる。

 それから思い出したように話題を変えた。


「今はこちらの話はいい。おまえこそ何があったんだ。近くで見ると酷い顔だぞ」


 いくら化粧とベールで隠したとはいえ、兄の目はごまかせなかったようだ。


「レニエッタも様子がおかしく見えたし、あのとき何を話したんだ」

「どうしても知りたいというのなら、以前のように命令なさればよろしいかと」


 突き放すようなシェラの言葉に、バルトハイルは眉間にしわを刻む。


「……おまえはもう、ヴェータの聖女ではない。僕の手を離れて行ったんだ」


 目の前にある、聖堂へと続く大きな扉を見て、小さな声で呟く。

 兄の視線は、扉の先にいる人物を睨んでいるように見えた。


「せっかく譲ってやったのに、あの男は何をやっているのか……」

「譲る?」

「なんでもない。ほら、時間だ」


 神聖なベルの音が鳴り響く。

 差し出されたバルトハイルの腕に、恐る恐る手をかけた。


 本当はこの神聖な道を、兄と歩く予定はなかった。

 しかし当日になって、本人から申し出があったのだ。一人で歩かせるくらいなら、僕が歩くと。

 正直なところ断りたい気持ちでいっぱいだったが、真剣な兄の表情に思わず頷いてしまった。


 自分に寄り添うシェラを見て、バルトハイルは薄く笑う。

 それは今まで向けられていた王としての悪意に満ちた冷笑ではなく、まるでいたずらを仕掛けた少年のような、意地の悪いほほ笑みだった。


「これで、あの男に(はなむけ)ができたな」

「え……?」


 疑問を投げかけると同時に、扉がゆっくりと開かれる。

 眩しい光が差し込み、徐々に真っ白な道が視界に映りこんでいった。


「ルディオ王太子には、僕が歩くことを伝えていないんだ」

「!?」


 真っすぐ前を見つめて言ったバルトハイルの言葉に、思わず声を上げそうになる。

 どういうことかと視線で訊ねてみるが、兄は前を向いたまま、くすりと小さく笑っただけだった。



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