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41/68

41 扉越しの



 応接室から出ると、ルーゼが声をかけてくる。


「シェラ様、自室へ戻られますか?」

「はい……」


 掠れた声に、ルーゼは眉を寄せる。

 様子のおかしいシェラの顔を覗き込んで、探るように訊ねてきた。


「顔色が悪いようですが、ご気分がすぐれませんか?」

「……大丈夫です。緊張したからか、少し疲れてしまって」


 ルーゼはどこか納得していないようだったが、そのまま自室まで送ってくれた。



 部屋の中で椅子に座り、考える。


 結婚式は五日後に迫っている。今さら中止にはできない。

 そもそも彼との婚姻をなかったことにするのは、もう無理な話なのだ。


 今のシェラにできることは、どうにかしてルディオに接触しないようにするしかない。

 五日後の結婚式と、一週間後に開かれる結婚披露式典。まずは二つの催しをどうにかして乗り切る。

 その先のことは、また後で考えればいい。



 この日は結局一歩も外には出ず、自室で過ごした。

 どうにも食欲が出ず、夕食は拒否して、早めにベッドに入る。


 しかし横になっても、なかなか眠ることはできなかった。考えれば考えるほどに、不安が次々と押し寄せてくる。


 ベッドの上で眠れない時間を過ごしていると、シェラとルディオの部屋を繋ぐ扉が叩かれた。

 思わずびくりと肩を揺らし、扉の方を見る。


「シェラ、夕食をとらなかったようだが、体調が悪いのか?」


 彼の言葉には答えず、そのまま寝たふりをした。

 もう一度名前を呼ばれたが、少しして彼はあきらめたのか、扉の前から去っていく気配がした。


 小さく息を吐く。

 扉が開かれなくてよかった。

 いま会ったら、泣いて縋ってしまいそうだったから。


 もう、彼に触れることはできない。


 自然とこぼれた涙が、シーツに染みを作っていった。




   *




 翌朝、ルディオは早めに部屋を出たようで、シェラが目を覚ました頃には、隣の部屋に人の気配はなかった。


 彼がいないうちに、昨夜決めたことを実行する。

 あの扉の鍵を閉めるのだ。

 自分で言ったことを破ることになるが、仕方がないだろう。


 幸い、予備の鍵もいまはシェラの手元にある。

 鍵を閉めてしまえば、ルディオがあの扉から入ってくることはできない。


 その日は一日中、自室から出ることはなかった。

 少量ではあるが、食事はとっている。

 しかし、明らかに様子のおかしいシェラを心配したのか、ルーゼが一日中付き添ってくれていた。


 夜になると、また扉が叩かれる。


「シェラ、入るぞ」


 今度は確認もなく、ルディオはドアの取手に手をかけた。

 しかし、取手は下がりきることなく、鈍い音を立てて止まる。


 しばらく沈黙が続き、次に彼の低い声が耳に届いた。


「……シェラ、何があった」


 扉越しのその声は、少しだけ不機嫌さが滲んでいるようだった。

 無言で返すと、溜め息に似た息遣いが聞こえる。


「レニエッタ王妃になにか言われたのか?」

「――違いますっ」


 思わず反射的に答えてしまう。

 レニエッタの言葉がきっかけではあるが、彼女は直接的には関係ない。


「なら、話がしたいから開けてくれないか?」

「それは……できません」


 この先どうしたらいいのか考えていく中で、思い切って彼に打ち明けてみるという手も、頭をよぎった。

 彼は優しいから、全てを知ったとしても、もしかしたらシェラを受け入れてくれるかもしれない。


 しかしいくら生命力をもらったと言っても、完全に回復しているわけではない。恐らくだが、彼からもらった分は、日々生きているだけで消費されている。

 生命力をもらい続けなければ、近いうちに死ぬことは間違いない。


 彼はじきに王になる。

 この国の宝ともいえる人が、易々と命を投げ出すことはできない。

 もしルディオが受け入れてくれたとしても、己の立場とシェラの命の狭間で、彼が苦しむことは目に見えている。


 そんな思いを、彼にさせたくはなかった。

 苦しむのは、自分だけでいい。


 ――あぁ、私は本当に、彼にとって枷でしかないんだ


 命を奪って、記憶を覗く。

 最悪な人間だ。


 きっと、たくさんの人を殺してきた報いだろう。




 その翌日も自室にこもり、何が最善なのかをずっと考えた。

 だけど……、考えても考えても、答えなど出るはずもなく。


 夜になり、再び扉が叩かれた。


「シェラ……頼む、開けてくれ」


 こんな時に、初めてこの部屋に来て言われたことを思い出す。


『この扉の鍵は君に預けておく。君の部屋に行く時はノックをするから、私に会いたいと思ってくれるなら鍵を開けてくれ』


 無言の返事は、彼に会いたくないということを示している。


 静かに扉に近づき、そっと触れた。

 さらりとした木の感触が、指先に伝わってくる。


 ――本当は、会いたい。

 今すぐ会って、抱きついて、全てを話してしまいたい。


 それで嫌われて、なじられて……いっそ捨てられる方が、ましかもしれない。


「シェラ……――――さない」


 呟くように言われた言葉は、ほとんど聞き取れず。

 それを最後に、ルディオがこの扉を叩くことはなかった。


 そして、彼と一度も顔を合わせることなく、結婚式当日を迎える――



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