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37 疑念 ②



 当時のことを思い出すように、ハランシュカは空中に視線を向けて言った。


「それに僕が呪いの話を打ち明けたとき、大して驚いていなかったんだよねぇ」


 夜が明けてから再びやってきたシェラは、冷静そのものだった。いくら一晩考える時間があったとはいえ、落ち着きすぎている。


 だが、彼女の冷静さに助けられたのも事実で。

 距離をとることを提案したが、受け入れてはもらえなかった。あの時、形だけでも夫婦でいることを提案したのは、少しでも繋がりを持っていたかったからだ。今考えても、本当に自分勝手だったと思う。


 だが、そんなルディオをなじるわけでもなく、見捨てることもせず、そばに居たいと言ってくれた。


 彼女がハサミを取り出したとき、最初は自分を殺すためなのかと思った。刃先を向けた先が彼女自身だと分かった時は、心臓が止まりそうになったほどだ。


 何故ハサミを持っていたのか後々問いかけたが、なんとなく必要だと思った、と曖昧に苦笑を浮かべていたの思い出す。


 あの冷たく薄暗い石の部屋でシェラを見たとき、ルディオはこう思った。


 ――ああ、夜明けはここにあったのだ


 呪いが発動するたび、朝日に焦がれた。

 徐々に空の色が変わっていき、窓から淡い光が差し込んでくる。

 日が昇る瞬間の朝焼けを、何度も見た。


 彼女の瞳の色は、それと同じ色をしているのだ。

 焦がれてやまない、朝日が昇る直前の空の色。


 それは、希望。


 シェラという存在が、ルディオにとっての希望になった瞬間だった。




 一冊の本を手に取り、目次を確認する。

 偶然目に留まった言葉に、ルディオは手を止めた。


「あの娘が普通じゃないのは最初から気づいていたけど、そろそろ無視できないんじゃないかい?」

「そうだな」


 シェラは離宮に連れ込んだ際、ルディオを見て黄金の獅子だと言った。あれは偶然ではないだろう。

 呪いを打ち明けた際の反応からしても、最初から知っていた可能性も考えられる。


 彼女が隠しているもの、抱えているものを知る必要があった。

 そしてそれはきっと、ヴェータという国に関係している。


「それで、最初の質問に戻るけれど、どうして君はこの場所に? 呪いのことを調べている訳ではないようだけど」


 ルディオが手に取った本を見て、ハランシュカは眉根を寄せた。

 目次に書かれている言葉を、指先でなぞりながら口に出す。


「ハラン、ヴェータの聖女信仰について、何か知っているか?」

「聖女信仰……ね」


 記憶を掘り起こしているのか、机の一点を見つめて考え込む。

 しばらくして、顔を上げて言った。


「ヴェータになる前までは、そういった風習が存在していたと聞いたことがあるねぇ」


 ヴェータはもともと、別の国を土台にして作られた国家だ。

 遥か昔、まだ魔法が珍しくなかった時代、ひとりの力の強い魔術師が作り上げたのが、ヴェータの元になった国だと言われている。


「魔法が世界から消え始めたころ、聖女という言葉が生まれたらしい。推測でしかないけれど、時代の移り変わりとともに、魔術師が聖女と呼ばれるようになったんじゃないかと思う」


 魔法の消えた世界で、魔法のような不思議な力を持つ者が現れたら、神や聖女などと崇められてもおかしくはない。


「なるほどな……今のヴェータの王族は、謀反を起こして元の国を奪い取ったと聞いてるが、国が変わった際に聖女信仰も失われたと考えるのが妥当か」

「それが自然だねぇ」


 ヴェータに変わる前は、独特な文化を持った、とても小さな国だったらしい。だが主君が変わると同時に次々と戦争をしかけ、領土を拡大する軍事国家へと変貌したのだ。

 軍事力など皆無だと思われていた国が、何故戦争に勝利できたというのか。


「もし、その聖女信仰とやらが失われたのではなく、隠されたのだとしたら、どう思う?」

「……ふむ。それは調べてみる価値がありそうだねぇ」


 ハランシュカはまた机へと視線を落とし、何かを考え始めたようだ。あとは彼が勝手に調べてくれるだろう。

 ルディオもいくつか気になる本を手に取り、向かいの席に座った。


「そういえば、おまえがあれを彼女に話すとは思わなかったな」

「あれ?」

「私が呪いを発動させて、川に落ちた彼女を引き上げたことだ」

「…………そんな話、してないけど」


 否定の言葉に、本を開きかけていた手が止まる。

 シェラはルディオが助けたことを知っていた。てっきりハランシュカが話したと思っていたのだが、そうではないのか。


 友人が嘘をつくことは考えられないし、彼女には騎士が引き上げたと伝えたはずだ。

 黙り込んだルディオを見て、ハランシュカは呟く。


「これはますます怪しいねぇ……」


 二人そろって机上を見つめ、仲良く溜め息を吐いた。


「君の奥さん、何者なの?」


 それは、こちらが聞きたいくらいだ。

 彼女が普通でないことなど、初めから分かっていた。分かっていて、そばに置いたのだ。

 それがどれほど危険なことかは、十分承知している。


「ハラン。ヴェータとは別件で、頼みたいことがある」

「未来の国王陛下の命令とあらば、なんだって致しますよ」


 続きを促すように、ルディオを見る。

 一度目を閉じて、古い記憶を思い出しながら言葉を紡いだ。


「母の故郷である北国フルカで、ここ二十年以内に起きた誘拐事件について、調べてくれ」



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